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 フィヨを一番大きな客間へ通すと、すでにデュデュとその息子、ポワルドゥルキャロットの長とその息子、そしてシユウの村のシュブリッジさんとそのお兄さん、つまりシユウの族長、さらに初めてお会いする他の村の族長がふたり揃っていた。

 急ごしらえではあるけれど、れっきとした族長会議となった。

 井戸丸の12人兄弟はそれぞれの地へ行き、長い年月を経てそれぞれの種族となったわけだけど、こうして今も交流がありその12部族の中で平和を保つやり方があるんだ。

 フィヨが寝込んでいる間、僕は古文書をかなり読んだから、ずいぶんとここの歴史や成り立ちがわかった。


 もともと井戸丸の父祖はカンミールを天から賜ったと書いてあった。そのため、カンミールの恵みにより栄えたらしい。民は大きく増え、その12人兄弟に、それぞれの与えられた地へ行き、土地を耕し平和に過ごすように言われたそうだ。

 平和を保つための条件のひとつが、ポワルドゥルキャロット(赤毛の一族)だけは土地を与えず、それぞれの兄弟の土地を巡りまわり、ひとつの家族であったことを覚える役目が与えられたこと。

 そしてもうひとつ重要なのが、長兄にカンミールを授け、全ての民はカンミールの言葉に従うという掟だ。カンミールは神聖な生き物であって、それを殺すことやないがしろにすることは禁止され、賛美し敬い、そうして従わなければならない。

 僕が“髪”と読んでいた文字は、どちらかというと“たてがみ”という意味に近く、どうやらこの文字でカンミールと読めることが判明した。まだ先生には言ってないんだけど、そういう風にして読むとすべてのつじつまが合ってくる。

 だけど、砂漠の民は長兄の種族ではない。長兄の種族はどうやら砂漠の民に滅ぼされたようだ。砂漠の民は父祖に与えられた土地を耕すこともせず、いつの間にか長兄と仲たがいをした挙句にその種族を滅ぼし、どうにかしてカンミールを手に入れた。それで“今は”この砂漠の民がカンミールを所有し、その力で他の種族を牛耳っているということなのだろう。


 会議の席の重々しい雰囲気の中でも、フィヨの態度は尊大なままだった。彼女はまだ族長になったばかりとはいえ、砂漠の民であるという誇りだけは一人前なのだ。それに、そうしていなければ負けてしまうとわかっているのだろう。

「荒れ地の果ての民の族長デュデュルド、何のためにこのようなことをするのか。砂漠の民に逆らおうというのか」

「砂漠の民の族長フィヨシュヴュドホル、あなたの疲れをいやすために城に留め、あなたの兄の亡骸を丁重に葬った者へ、そのような言い方をするとは礼儀礼節を欠いているのではないですか」

「それを言うのなら、私が訪ねてきても門を閉ざし、私たちに対して失礼な言葉をかけてきたのは、あなたの民のほうではないか」

「それは大変失礼をしたようだ。しかし、いつあなたが私たちの門戸を叩き訪ねてきたのかお聞きしても良いだろうか。真夜中に火をつけた時のことか」

 デュデュは涼しい顔をしているのに対して、フィヨはすでに頭に血が上っているのがバレバレだ。

「いつというか、いつもだ。無礼な民の長デュデュルド。こんな非礼なところに留まる気はない。この席はここまでじゃ」

 言葉では到底勝ち目はないとわかっているのだ。フィヨは立ち上がりそこにいる皆を見下ろした。小さな彼女でも、立ち上がれば見下ろすことはできる。それから、僕のことを睨んだ。

「ミツヒコ、来なさい。すぐに砂漠へ戻る」

 フィヨは僕の方を向いていただけだったのが、僕が動こうとしないのを見て、ずかずかと詰め寄ってきた。そして僕の胸ぐらを掴もうと手を伸ばしてきた。

 避けるべきか、それともされるがままに引っ張られれば良いのだろうか。それはわからないけれど、僕は動けなかった。下を向いてグッと堪えようと身構えた時だ。

「お待ちください」

 デュデュが発した大きな声で、フィヨの手が止まった。

「なんだ、デュデュルド。この者は我が砂漠の民に加えることになったのじゃ。すぐに連れ帰る」

「何を勝手なことを!」

「そこまで堕ちたか、砂漠の民よ」

 ポワルドゥルキャロットの長とシユウの長が同時に叫んだ。シュブリッジさんも片膝をついて今にも立ち上がろうとしている。

 張り詰めていた空気が急にざわついた。その中でデュデュだけが落ち着いているように見えた。

「フィヨシュヴュドホル、ミツヒコはこの城に仕える者だ。それを言葉一つで連れ去るというのは道理に反していないかね」

 デュデュの静かな言葉で、シュブリッジさんは座りなおした。フィヨも手を引っ込めてデュデュの方を向いた。

「では聞くが・・・ミツヒコはこの村の者ではないだろう。それともこの村で生まれ育ちデュウの村に父母がいるのか? その髪の色、砂漠の民のものではないのか? 我らから奪ったのはこのデュウの村の者ではないのか」

 とんだ言いがかりだった。

 だけど、この言葉は思いのほか的を射ていた。ここにいる誰も、僕がデュウの村の出身でないことはわかっていたのだ。どちらかと言えば、砂漠の民の髪の色の方がずっと近いのは一目瞭然なのだから。それに本当に、僕はデュウの村の者ではなく、ある日いきなりやってきたよそ者なんだ。僕の出身を聞かれるとしたら“どこでもない”と答える以外にない。

 この世界で、いかに自分が宙ぶらりんで心もとない存在だろう。

 ここで、僕がデュウの村の人間でないことが、誰の目にも明らかなのならば、僕は砂漠に行かなければならないかもしれない。



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