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僕が廊下に出ると、なぜかオンブリカルもついてきた。彼を見ると僕のことをとことん心配しているような顔をしている。
「ミツヒコ、砂漠の民のことは知っているのですか?」
「いや、あんまり知らないんだ。髪が金色で、砂漠に住んでいることくらいしか」
「彼らは今、井戸丸の12人兄弟の中で最強なんです。逆らうことができないんですよ」
これは面白いことを聞いた。“今”ってことは、前は違ったってことだ。最強の種族には逆らってはいけないらしい。一体何が彼らを最強にしたんだろうか。
「彼らにはカンミールという聖獣が付いているんです」
「聖獣?」
「そうです。カンミールが付いている民族は、12人兄弟で最強とみなされ、彼らに逆らうとカンミールの力で滅ぼされてしまうんです。とっても危険なので砂漠の民とはなるべくかかわりを持たないようにしなければならないんです。それなのにミツヒコは、あの砂漠の女の人を連れてきてしまうなんて。明日になって彼女が目を覚まして、ミツヒコが砂漠に連れていかれるのではないかと思うと」
「そうなの。なんとなくわかったけれど、でも、彼女も可哀そうだったんだ。お兄さんを亡くしたばかりだし、村の人たちに責められていて・・・こうするしか思いつかなくて。心配かけてごめんなさい」
オンブリカルは本当に僕のお兄さんというか、お父さんのようだ。こんなに心配してくれるなんて。心配かけて申し訳ないけど、でもあの時ほかにどうしたらよかったんだろう。彼女のあの力がカンミールという聖獣の力らしいことはわかったし、アレをもう一度されるのは嫌だけど、でも、フィヨだってみんなに避けられてあんな風に言われて、しかも引っ込みがつかなかっただろう。
「いいえ、ミツヒコが悪いわけじゃないんです。ミツヒコは何も知りませんでしたし、それに、やっぱり優しいんだと思います。でも、気を付けてください。明日、なるべく彼女のことを怒らせないようにしなければなりませんよ。そして、お願いですから、砂漠に行かないでください」
「うん、わかった。オンブリカル、教えてくれてありがとう」
それに、僕のことこんな風に心配してくれて本当にありがとう。
僕たちは兵隊長のところに彼女のことを知らせに行き、そして、その日は休んだ。問題は明日だ。彼女が眠って元気を取り戻した時、いったい何が起こるのかと思うとその日の夜はなんだか眠れない気がした。
◇
ところが、次の日の朝に彼女の部屋を訪ねると、彼女はまだ眠っていた。
「フィヨ? 朝食はいかがですか」
声をかけても起きない。フィヨのところへ行き、女の子に悪いと思ったけど顔を覗き込んでみると、疲れ切った顔をして眠っている。もう少し大人かと思っていたけれど、こうして眠っている姿を見ると、まだあどけない少女にしか思えなかった。体もまだ細く小さいし、本当に13,4歳くらいなんじゃないだろうか。それなのに、一族のために砂漠から出て荒れ地を超えて、なんとかしようとしているんだ。カンミールの恵みに頼って働かない民のために彼女なりに一生懸命やってきたのだろう。
可哀そうに。
そっと背中を撫でると、異様に熱いことに気付いた。
発熱している? それとも、こういう人種だろうか。どちらにしろ疲れ切って眠っていて起きないのだから、そのことをデュデュに知らせに行こう。本当は目が覚めていたら話がしたいとデュデュが言っていたのだけど、今は無理そうだ。
「そうか、疲れが出たのだろう。もしかすると兄上と同じように体調を崩しているかもしれない。様子を見るとするか」
そう言って、フィヨの世話を家政女中に任せることになった。
結局彼女はお兄さんと同じように、熱中症のような症状になっていたようだ。数日間は大人しく横になっていて、女中に世話をされていた。
そしてフィヨがこのお城に来て5日くらいが経ち、急に元気を回復した彼女は、あの威厳を持った話し方に戻ったようだった。
お兄さんを亡くしたことや村人たちに責められていたこともあるし、こんな風にぐったりとしてしまって可哀そうだと思っていたけれど、復活したとなるとやっぱりちょっと怖い。そして案の定女中の手には負えないようだった。
「砂漠の民の族長フィヨシュヴュドホル、こちらへどうぞ」
彼女が元気になったので、早速デュデュが彼女と話をすることとなった。族長同士の話し合いだ。フィヨも、カンミールに守られた最強の種族とはいえ、族長同士の話し合いの席で礼を欠いた言動はしないはずだ。
それにデュデュも、普段はあんなふうに気さくな人柄だけど、本当はとても賢くて思慮がある、族長の器だってことは僕にはわかる。だからきっとちゃんとした良い話し合いができるだろう。
そうなるはずだ。
たぶん。
そうあってほしい。