6
さて、ノッチに素晴らしいプレゼントをもらってしまった僕としては、何かお礼をしたいと思った。
だいたい、僕はこの家にお世話になりっぱなしなんだ。
爺さんは何も言わずに素性のわからない僕のことを置いてくれるし、家族のみんなも嫌な顔ひとつしないで、僕がここにいることを容認してくれる。言葉ができるようになってくると、簡単な会話も嫌がらずにしてくれるし、仕事もくれる。もちろん、食事も一緒にしてくれる。
あ、食事は日本食にかなり近いと思う。
米っぽいものか何かお焼きのような穀物と、鍋物っぽいものを食べる。基本的にはベジタリアンのような食事で、たんぱく質も豆から摂る感じだと思う。毎日ほぼ同じメニューだけど飽きる味じゃない。どちらかというと薄味で、風味のある油をかけて食べると美味しい。
調理は、穀物は女性担当。鍋類は男性担当で、僕も鍋を作るのは手伝う。
「ミツヒコ、これ、洗ってきて」
「はい」
とはいえ、僕が手伝うのなんて、こんなもんだ。
家の前には小さな川が流れているから、そこへ行って鍋に入れる材料を洗うだけの簡単な仕事だ。
川は細くて浅いんだけど、水が澄んでいてとてもきれいだ。
だいたいどこの家の前にも川はひかれていて、これが水道の役割を果たしている。
ざっくりと編んである大きなざるには、今日の仕事でもらった野菜や豆が入っている。豆はまあ、見たことないものだけど、豆だってわかる。
しかし野菜は、あんまり見たことがないものばかりだ。イタリアというとトマトっていうイメージだけど、この村はトマトが各種そろっていますみたいな感じ。ああ、やっぱりここはイタリアなんだなって妙に納得した。だいたい、少し酸味のある丸い実が多い。色彩も豊で、赤いトマトだけじゃなくて、黄色、黄緑、緑、青、紫、薄紫、赤、橙…
って、みんなトマトか!? と思ったら、食べてみて全然味が違った。だけど、みんなミニトマトくらい小さいか、それよりもっと小さいものばかりで、それらを切らずに鍋に入れて柔らかく煮るだけの簡単な食事をする。
トマトだと思って食べると、中身が空洞だったり、逆に中身がぎっしり全部葉っぱ状になっているものもあって(ちょっと芽キャベツっぽい)トマトじゃなかった! って気づくころにはすでに飲み込んだ後で、結局何を食べたかわからないという。いまだに闇鍋な気分だ。
あと、あんまり関係ないけど、カトラリーが独特。
木や金属でできたスプーンなんだけど、すごく細長い。匙の部分が細いから、二本でお箸のように挟んで使うこともある。僕がお箸みたいに器用につまんだら、とても喜ばれた。
だけど、基本的にはスプーンだから一本で掬うようにして使う。
そんなことで、彼らに、特にノッチにお礼をするにはどうしたらいいのか想像がつかない。実は“お世話になったお礼に”という言葉がわからないのだ。うーむ、どうしたもんか。
「ノムさん。僕はありがとうと言いたい」
「なになに。気にしなさんな」
うーん、通じない!
「僕にできること、ありますか」
「ミツヒコはいつも、仕事をしてくるし、ちゃんと野菜ももらってくる。家の手伝いもする。大丈夫だ」
そうなんだけどー!
こう、お礼的な、何かモノをあげるとか、特別なことをしてあげるとか、したいんですけど。と、思っているんだけど、通じない。
でも、この爺さんの言葉でわかることはある。
この村では、仕事をして得られる報酬はお金じゃないってことだ。確かに僕は仕事をしている。農業の手伝いではあるが、毎日どこかしら出かけて行って、必ず仕事の後には何かをもらう。その日収穫したもののこともあるし、違うもののこともある。
これが賃金の代わりなんだ。
だから、僕がこの家に野菜を持って帰ることや、家の手伝いをすることは、単なる居候じゃなくて、ちゃんと対価を払っているということなんだろう。
いや。だからさ?
そういうんじゃなくて、もっと特別なお礼がしたいんだけど。その気持ちはなかなか伝わらないのだった。