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お城について、まずはミドリ(ダチョウ)を動物小屋へ返しに行った。オンブリカルは心配して待っていてくれたらしい。
「ミツヒコ、大丈夫でしたか。ノッチはいましたか?」
「オンブリカル、待っていてくれたの。大丈夫、ノッチはちゃんと家に戻っていたよ」
と言いながらミドリを返すと、オンブリカルが固まってこちらを見ていた。
「み、ミツヒコ・・・」
フィヨだよね。うん、そりゃ驚くよね。さて、どう紹介したら良いんだろうか。
「オンブリカル、あの、こちらは砂漠の民の族長の妹フィヨシュヴュドホルさんだよ」
「今は私が族長だ」
エヘンと威張るように胸を反らせてフィヨが言い放つと、オンブリカルはさらに固まった。
「ちょっと、村で色々あって、とりあえず今日、ここで休むことになって、連れてきたんだ」
固まってしまったオンブリカルには申し訳ないけど、それだけ言うと僕たちはお城へ行った。僕と一緒だから使用人の扉から。
時間が遅いこともあって、衛兵は向こうにいるだけだ。サッと入ってしまうと、城の入口のホールには誰もいなかった。
ちょっとホッとしていつもの僕の待機場所を見ると、ちゃんと足洗のセットが置いてある。まだポットにお湯が入っている。
「そこに掛けて、足を拭きますか?」
城に入る前に小さな川があるから、みんなそこで足を濡らしてくるんだけど、フィヨは川を跨いで超えたようだ。足は濡れていなかった。もしかするとこういう風習を知らないかもしれない。
僕が自分の足を拭いて見せると、フィヨは一瞬困ったような顔をして、それからすぐに威厳を取り戻した。
「お前がやれ」
「え」
あー、そう来たか。しかしなあ、女性の足を洗うなんて、この人それで良いんだろうか。
「早くしろ」
フィヨは自分から動こうとしない。基本的に何事も命令するしかできない人だからな。自分の足を拭くなんて(少なくとも人前では)できそうもない。
観念して、せっかくなのでちゃんと足洗の準備をした。
タライにぬるいお湯を入れ、フィヨの足元に置く。
「では、足を洗いますね」
サンダルを脱がせると、跡がくっきりと残っている。もしや、サンダル脱いだことないのか?くらいだ。
お湯につけて、少し手ぬぐいで擦っただけで水がまっ茶色になった。一度お湯から上げて手ぬぐいでふき取り、今度は温かいお湯の入ったタライに足を付ける。
きれいな手ぬぐいでもう一度擦っていると、すでにフィヨが眠そうになっている。そりゃそうだよね、疲れているはずだ。足がホカホカと温まったころにお湯から上げて、お湯で固く絞った手ぬぐいで足を拭いておしまい。
「終わりでございます。お疲れさまでした。では、こちらへどうぞ」
さーて、どこに通そうかな。
この時間なので、廊下には誰もいない。もちろん中庭にも人はいない。中庭の真ん中で灯篭が温かい灯りを放っているだけだ。
普段人のあまり行かないデュデュの家族の部屋のある方、奥の客間へ通すことにした。普段出入りがあまりないのもあって、静かな場所だ。
「今夜はここでお休みください。その前に何か召し上がりますか?」
「うん」
フィヨはすぐに座り込むと、僕を見上げて頷いた。その姿で“うん”と言われると、なんだか子犬のように見える。
「では、少しお待ちください。くつろいでいてくださいね」
そう言って部屋を出て、厨房へ行き、夕飯の残り物をいくつか見繕った。基本的に夜間に働いている人もいるので、いつでも何か簡単に食べられるものがある。おにぎりのようなものと、小さな器に入った野菜の煮物。
それらを持ってフィヨのところへ行くと、フィヨは横になって目をつぶっていた。
「お待たせいたしました」
一応声をかけたけれど、全然動かない。眠っているのだろうか。
「フィヨ? 食事ですけど」
少し大きめの声で言っても、フィヨは起きなかった。少しの荷物に頭を乗せて、小さく横に丸まって寝息を立てている。さっきは子犬のようだったけど、これは子猫に見える。
仕方がない。部屋の入口に食事の盆を置いて、部屋を出た。
さて、いくらなんでも無断というわけにはいかないので、夜になっていたけれど、デュデュのところに報告に行くことにした。
部屋の扉をトントンと叩き、
「デュデュ、遅い時間にすみませんが」
声をかけるとすぐに「はいりなさい」と返事があった。
部屋に入ると、そこにはデュデュとマテテショヴ(使用人頭)とオンブリカルが座っていた。オンブリカルがいるということは、フィヨのことが伝わっているということだ。もう、オンブリカルは本当に働き者だね。
「今、オンブリカルから聞いていたんだよ。砂漠の民の族長が来ているんだって?」
「はい、そうなんです。実は」
僕は、今日の昼間に起こったこと、つまりノッチが連れ去られてから今に至るまでの話をデュデュたちに説明した。オンブリカルとマテテショヴは目を丸くして事の次第を聞いていたけれど、意外にもデュデュはあんまり驚いた様子は見せなかった。
「そうか、族長である兄上が亡くなったのだね。確か彼はブロンエテスピエグルという名前だったと思うが。そうか、亡くなったのか。明日にでも荒れ地に行き、埋葬してあげよう。彼女はどうした?」
「はい、もうお休みになりました。相当疲れていたらしく、ここに来て食事を準備している間に眠ってしまいました」
「そうか・・・火事のことを気にする者もいるだろうが、今夜は大丈夫だろう。一応衛兵には伝えておくが」
「では僕が」
「大騒ぎしないようにと伝えてくれ」
「はい、わかりました」
僕は立ち上がり、兵隊長のところへ行った。