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 このままでは本当に戦になりそうだと思った。たった一人の小柄な女性を相手に、村中の人間がたいまつを掲げているのだ。

 フィヨの力がもし村中に及ぶのならば、それはそれでかなり危険だし、フィヨが何かをする前に取り押さえるとなると、このたいまつを持った男たちが押し寄せるということだから、下手したらフィヨは死んでしまうのではないだろうか。この場合、危険なのはフィヨだと僕は思う。

「ちょっと待ってください。フィヨ、話を聞いてほしい」

 張り詰めた空気のまま、僕はなんとか中立の立場を貫かなければならなかった。大丈夫、イギリス人は交渉が上手い。アメリカ人のように押せ押せと力でごり押しをするのではなく、相手の出方を見て柔軟に考えることができるのがイギリス人の良いところだ。それに僕は日本の細やかな空気読み取り機能がついている。とりあえずできることをしよう。

「いやだ。お前は私の言うことを聞け」

 うん、最初から聞く耳持たないねー。しかしそんなもんだ。今までそうやって人に指図することで生きてきたんだろう。だから自分の意見というのがちゃんとあるはずだ。

「はい。わかりました。では、この真っ暗になった夜に荒れ地へ行き、ひたすら休まずに砂漠へ向かえば良いでしょうか。僕は昼間にあなたに痛いことをされて体が思うように動きません。きっと足手まといとなりますが、かまいませんね?」

「そんなことはわかっている。とりあえず行けるところまで行けばいいんだ。さっさと来なさい」

「行けるところまでで良いんですね?」

「そう言っている」

「わかりました。僕はまだ足があまり動きません」そう言って、少しびっこをひいて見せる。本当にそうなんだ。足が重くてたまらない。「この分だと、ゆっくりしか歩けませんし、かえって時間がかかります。それよりも今夜は休むというのはどうですか? 今日はフィヨにとっても大変なことがたくさんあったと思います。とても疲れた顔をしていますよ」

 そう言うとフィヨは、一瞬自分の疲労を自覚した表情をした。

「しかし、私も急いでいる」

「急ぎたい気持ちはよくわかります。きっと長い間砂漠を離れていたのでしょう。砂漠の民も心配しているかもしれないですね。でも、無理をして荒れ地を歩いても、逆に大変になるばかりですよ。少なくとも僕は、今、無理をしたら途中で動けなくなると思います。だけど今日休めるなら、明日は頭も体もしっかりするはずです。僕は逃げません、ちゃんとここにいますから、ほんの一晩だけ休みませんか」

 少しずつフィヨの受け答えに時間がかかるようになってきた。僕の言葉の意味を考えているんだ。やっと少し聞く耳を持つようになってくれた。

「逃げない?」

「ええ、ここに居ますから。これからたったの数時間だけです。あなたのためにも休んだ方が良いと思います」

 僕の言葉が届いたようだ。フィヨは周囲を見渡して少し不安そうな顔をした。そうだ、ここはフィヨにとっては敵陣の真っただ中だ。こんなところで安心して休めるはずがない。

「みなさんも、今日は本当にありがとうございました」僕は村人たちに向かって頭を下げた。「今は夜ですから、今日は休みませんか?」

「そうは言っても、その砂漠の娘がいるんじゃ、こちらが安心できない」

 村人の言い分はもっともだ。砂漠の民は今までさんざん、夜中に家を焼いた。まさに、その原因がここにいるのに、おちおち寝ていられないだろう。

「だったら・・・僕の家に来てもらいます。焼かれて困るものもありませんし。フィヨ、村はずれの僕の家にお泊りよ」

 もともとハタさんの家だけど、ハタさんならわかってくれると思うんだ。

「じゃあミツヒコさんはどうなさるの?」

 カワさんが聞いてきた。おっとそう来たか。たぶん、若い男女が二人きりとか言いたいんじゃないだろうか。フィヨが嫌でなければ別に構わないけれど、良くないか。

「僕はお城に帰ります。でももし皆さんが心配なら、」

「城? お前、城に住んでいるのか」フィヨが食いついてきた。

「はい、僕はお城で働いていますから」

 そういうと、フィヨは腕組みをして少し考えて、それからきっぱりと言った。

「そういうことなら、私も城へ行こう。村人よ、そういうことだ」

 なぜそんなに高飛車な態度をとるんだ。僕は唖然としたけれど、村の人たちのほうがもっと唖然としていた。唖然としている村人一同の前を平然とスタスタ歩き出したフィヨを、慌てて追いかける。

 まあいい。ここでの一触即発の気配は消えて、村人たちもとりあえず安心して眠れるだろうから。

 しかしなあ。

 フィヨをお城へ連れて行くとなると・・・どうしたもんか。一体どういうつもりでフィヨはお城へ行くなんて言い出したんだろう。だいたい、この村を焼いていたくせに、お城なんか行ったら捕まってしまうんじゃないだろうか。領主だけじゃなく兵隊だってわんさかいるっていうのに。

 しかし仕方がない。デュデュになんて言ったらいいんだろう、それどころか誰に何を言ってこのフィヨを穏便にお城に泊めたら良いのか頭を悩ませながら、僕はフィヨを伴ってお城への道を上って行った。




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