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村の方は暗くてよく見えない。だけど何かすごい地響きがして、とっさに危険だと思った。フィヨもそれがわかったのだろう。今にも何かをくらわそうとしていたその手を引っ込めて、僕の足元にうずくまった。
僕だって怖くないわけじゃない。だけど、フィヨと違って、その原因を突き止めようと村の方を凝視していた。いいや違う、戸惑いすぎて動けなかったんだ。
そのうちドドドドという音はどんどん大きくなり、続いて何かが僕のそばを駆け抜ける気配がした。地響きと風が僕のそばを通り過ぎる。動物だ。よく聞けば、蹄のような音がしている。
かなりの速さで駆け抜ける動物は、大きくて力強い。それに数も多い。
なんだろうこれ。
ヌーの大群みたいなのに轢かれたら、ひとたまりもないぞ。
それなのに、僕は、いや、たぶん伏せているフィヨも踏まれなかった。
「ミツヒコ!」
その轟音の中で僕を呼ぶ声がした。
「だれ!?」とっさに応えた。
するとまた轟音の中に声が聞こえた。
「ミツヒコ!」オンブリカルの声だ。
「オンブリカル!」
オンブリカル、来てくれたんだ。この動物はお城の動物だろうか。そんなことはどうでも良い。オンブリカルがやってくれたんだ。
「ミツヒコ、掴まって」
と、聞こえた瞬間、僕はすごい力で引っ張られた。慌ててしがみつくと、引き寄せられて僕の前にはオンブリカルがいた。
「オンブリカル」
「掴まってくださいっ」
何の動物かわからないけど、たぶん、馬のような牛のようなものだろう。ダチョウじゃないことはわかった。どこに掴まればいいのかわからないけれど、とにかく手近なものにしがみついているしかない。
オンブリカルは何か掛け声のようなハっという声をかけながら動物たちを操って、猛スピードで走りだした。ああ、これで助かる。
すごい音と土煙をあげながら、僕たちはお城まで戻ってくることができた。
お城に着くと動物小屋へ回った。
僕たちが動物から降りてみると、その動物はずんぐりして足の短い鹿のような動物だった。こんなのいたのか。オンブリカルは動物たちに語りかけるように一頭ずつ背中や首を叩きながら動物小屋の裏手に追いやっていた。
「動物小屋に入れないの?」
「これは山の動物なので、帰すんです」
まさか、野生動物なのか? オンブリカル、どうやって集めたんだ。すごいな。
オンブリカルはいつものような温厚な顔をしていたけれど、肩で息をして汗だくだった。いつもの彼はもっと静かな感じなのに。僕のために、こんなに頑張ってくれたんだ。
「ありがとう、オンブリカル」
「いえ」
やっとすべての動物を山に戻すと、オンブリカルはやれやれという風にそこに座りこんだ。
だけど僕はまだ気がかりがある。
「ノッチはここに来た? 今、どこにいるかわかる?」
きっとノッチがお城に来たことで、僕が荒れ地にいることがわかったんだろうと思うんだけど。ノッチが無事かどうか、一刻も早く確かめたい。
それなのにオンブリカルは少し困ったような顔をした。
「ノッチはハタ屋の子ですよね? いいえ、来ていません」
「来てない?」
僕の心臓がまたざわりと冷たくなった。
まさか、ノッチはまだ戻っていないのか。ノッチを連れ去ろうとしたあの男は死んだのに、どうして。
「君のダチョウが戻ってきたから、それで何かあったんだとわかったんです」
「ミドリだけが戻ってきた? じゃあ・・・ノッチは」
どうしよう。どこに、どこにいるんだ。ノッチはまだあの頭陀袋に押し込まれているかもしれない。
僕はすぐに動物小屋から駆け出した。
「ミツヒコ、どこへ」
「ノッチを探しに!」
行こうとするとオンブリカルに止められた。
「だったらダチョウに乗って行ってください」
もちろんその方が早いと思うけど、でもミドリだって今日はさんざんな目に合っている。疲れているだろうし、鳥は夜には目が利かないんじゃないだろうか。
そう思っているのにオンブリカルはすぐにミドリを連れてきて、有無を言わさずに僕を乗せた。
「大丈夫です」
それだけ言うと、僕を送り出した。
「ありがとう」
僕はそれしか言えず、だけどやっぱりノッチのことが心配ですぐに村へ向かった。
村へ下りると、いつもとは違う光景だった。
基本的にこの村の人たちは、日が沈んだら外に出ない。今はもう日が沈んで辺りは暗くなっている。なのに、村人たちが外に出て、たいまつを持ってざわざわと物々しい雰囲気をしていた。
村はずれのハタ屋まで行き、とりあえずこちらの状況を知るためと、今までのことを説明するためにハタさんを訪ねた。
「ああ、ミツヒコ! 無事だったの!」
僕がダチョウから降りるか降りないかの時には、もうハタさんが出てきた。僕が危険だったということが知られている。
「ハタさん、ノッチは、戻っていませんか?」
僕が知りたいのはこれだけだ。
するとハタさんはしっかりと頷いた。
「大丈夫、ノッチは無事よ。ノムさんのところに帰っている。行きましょう」
そう言って、ハタさんと一緒にノムさんのところへ向かった。
道々、たいまつを持った村人たちが僕とダチョウを見て、口々に声をかけてくれた。
「ミツヒコ、無事か!」
「いたのか、ミツヒコ!」
「ああ、よかった」
何!? いなくなってたの、僕ってことになってるけど。連れ去られたのはノッチなんだけどな?
ノムさんの家に着くころには大所帯になっていた。ノムさんのところにもかなり人が集まっていて、大変な騒ぎだ。
これは一体何の騒ぎだ。