52
シュブリッジさんは自分の住むシユウの村のことと、それにまつわる大切な情報をいつも届けてくれる。この日もそうだった。
「村を襲うのは、砂漠の民で間違いない。それはそれで安心して良いようだよ」
シュブリッジさんが切り出したのは、まずはある意味良いニュースのようだった。つまり、僕が少し心配していた、大きな軍隊による戦争はないということだ。少なくとも今現在、砂漠の民以外には、争いをしかけてくる種族はないということで安心していいらしい。
「そうかね。それなら少しは助かるが。シユウの村は砂漠の民の被害がまだ増えているのだろう?」
「そこだよ。砂漠の民はここのところ頻繁に襲ってくるようになった。かと思うと先週くらいからパタリと来なくなったんだがね、未遂ではあるが、今までと少し違う恐ろしい被害があったと聞いたのだよ」
「恐ろしい被害?」
「今までは火事を起こして、その混乱で食べ物を盗んでいくというやり方だった」
「ああ、この村でもその被害は出ている」
「だけど食べ物じゃなくて子どもが連れ去られている。しかも女の子ばかりだ」
「なんだって? なぜそんな」
「理由まではわからないが、とにかく気を付けろ。被害に会うのは髪の色の薄い子どもばかりだ」
そう言って、シュブリッジさんは僕を見た。僕の髪の色だ。
この村の人から見れば、僕の髪の色はとても薄い。陽に透けると特に金色に近くなる。金髪の人と比べればかなり茶色いけれど、髪の太さとかそういうところから、この村の人と髪質が全然違う。
だから最初に、僕が男かどうかを聞いたんだ。でも僕は、少なくとも女でもないし子どもでもない。
「それを言うなら、デュウの村の子どもよりもポワルドゥルキャロットの子どものほうが被害に会いやすいのではないだろうか」
デュデュが心配そうに呟く。
「どちらでも被害が出てからでは遅すぎます。今すぐ村とポワルドゥルキャロットの人たちに知らせなければなりません。兵隊に知らせに行くように言ってきてよろしいですか」
こんなこと、悠長に座って話し込んでいる場合じゃない。僕は立ち上がってしまった。
デュデュとシュブリッジさんが驚いて僕を見ている。
「ああ、そうだな。ミツヒコ、頼んで良いかい?」
「はい。行ってまいります!」
僕はすぐに客間を出て、使用人頭マテテショヴのところへ行った。そしてこのことを、全ての使用人に伝えるように頼んだ。
それから兵隊のいるところへ行き、隊長にもこのことを知らせ、全ての世帯に速やかに伝えるように、それからポワルドゥルキャロットの長に今すぐ伝えるように言った。
「必ず確実にすべての村民に伝えてくださいね」
「わかりました」
それだけ言うと、僕は動物小屋へ行った。オンブリカルは僕を見るとすぐに僕のダチョウの準備をしてくれた。
「ありがとう、オンブリカル」
「気を付けて」
オンブリカルは本当に気が利く。急いでいるときに長々と話をしたりしないで、すぐに送り出してくれた。
僕がなぜこんなに急いでいるかというと、髪の色の薄い女の子に心当たりがあるからだ。
それはノッチ。
ノッチがなぜ僕にあんなふうに懐くのか、考えたことがある。ノッチと僕の髪の色が似ているせいなんじゃないだろうか。この村の人は黒い髪をしているけれど、ノッチはその中でかなり薄い茶色の髪をしている。束ねてしまえば黒っぽく見えるけれど、陽に透かせば茶色い。そんな共通点からノッチは僕のことを兄だと思ってくれるんじゃないだろうか。
だけど今は、その髪の色がこんなに心を騒がせた。
早くノッチとノリーナさん(ノッチのお母さん)にこのことを伝えておかないと危険だ。ノッチは朝早くにエルビュを摘みに行ったりする。まだ小さいのに一人で歩き回ることが多いんだ。もちろん普段のこの村だったら心配はない、安全だと思う。平和な村だ。
だけどこんなニュースを聞いてしまったら、一刻も早く忠告に行かなければ気が済まない。こんな時に、そばにいられればいいのに。お城へ行ったのは間違いだったのだろうか、そんなことすら考えてしまう。
村へ下りて急いでハタ屋までダチョウを走らせた。
ハタ屋に着くと、すぐにダチョウを下り、そのまま走って工房へ入った。
「ノッチ!」
いつもなら、ダチョウの足音が聞こえたらノッチが出てくるのに、今日は出てこなかった。仕事が忙しいのか、それともここに来ていないのか。
僕が工場に入っていくと、ハタさんがこっちに出てきた。
「あら、ミツヒコ?」
「ノッチは、いませんか?」
「いいえ? あら、ノッチに会わなかった?」
ノリーナさんも出てきた。しかも、ノッチに会わなかった? と聞いて、僕の心臓が冷たくなる気がした。
走ってきたからじゃなくて、心臓がドンドンと打ち付ける。
「会わなかった、って・・・?」
「ノッチは今さっき、ミツヒコに布を届けるって、お城に向かったんだけど、行き違ったのかしら」
「お城に?」
まさか。
「そうよ、ミツヒコはどこから来たの? ポワルドゥルキャロットの方からだったら、」
「見てきます!」
僕は急いでダチョウに乗った。すぐに今来たお城への道を走らせる。
ハタさんたちに、シユウの村の事件を言い忘れた。だけど、今はそんなことを言っている暇はない。
お城への一本道で、なぜノッチに会わなかった。
それを考えると、僕の心臓が張り裂けそうだった。