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まだ日の出る前の薄暗い時間に、僕は起き出し、デュデュの部屋へ行った。部屋の前に座りこっそりと小声で話しかける。
「デュデュ、おはようございます」
返事がない。
「デュデュ、朝ですよ。村へ見回りに行くんじゃないですか?」
シーン・・・
―― トントン
ぐう。
ぐうって言ったよね、今、ぐうって!?
仕方がない。扉を開けて部屋に入りデュデュのそばまで行って、直接話しかけた。
「デュデュ、朝ですよ」
「うわっ、びっくりした」
やっと起きた。部屋が広くて気づかなかったのか。まあ、寝起きが悪くはないと思うけど、もうちょっと早く気付いてほしいなあ。
デュデュはデバルドを着ると、すぐに立ち上がった。
「さ、じゃあ、行くか」
「はい」
この流れだと、僕もご一緒するってことだよね。
動物小屋に行くと、まだ早朝なので誰もいなかった。だけど、デュデュのダチョウと僕のダチョウはすでに用意されていた。ちゃんと緑色のリボンを首に巻いている。昨日の夜にオンブリカルに言っておいたから、準備しておいてくれたんだ。彼は本当によく働くよね。
ダチョウに乗り、まだ薄暗い村へ下りていく。当然道にも村にも誰もいない。この村の人は日の出ていない時間は家にいるんだ。24時間営業が普通の日本を知っている僕からすると考えられない生活だけど、だからって誰も外にいないのに一人で外に出ようとは思わない。デュデュが言っていた、一人で外にいても寂しいだろうって言葉の意味がよくわかる。
ダチョウを走らせて、ポワルドゥルキャロットのテントの方へ行くと、こちらは少し人の気配があった。外に出ている人はいないけれど、テントによっては水蒸気が出ている、つまり朝食の準備をしているんだろう。それとも、今日の営業のための仕込みかもしれない。
そのままテント群を抜けて、荒れ地の方へと走っていく。左後方向から朝日が顔を出し始めて自分の影が長くのびている。この村は高温多湿でわりとじめじめしているけれど、やっぱり朝日を見るとなんだか爽やかな気分になるね。
僕はこの辺りまでしか来たことはないけれど、デュデュはもう少し先までダチョウを走らせた。
荒れ地は広く、ごつごつした岩土にほんの時々サボテンのような低くて固そうな木が立っているだけだ。そうしてかなり遠くまで見渡すと、その向こうに川が見えた。
「ほらごらん」そこまで来ると、デュデュはダチョウを止めて、僕に言った。「領土は広いが、一歩村を出るとこのような荒れ地だ。荒れ地を渡って豊かな村を手に入れようとする者は少なくない」
デュデュが何を言っているのかというと、つまりデュウの村は荒れ地の奥にある豊かな土地、オアシスのようなものだということだ。そして、村は平和に見えて、実はその豊かさを手に入れようと狙われているらしい。
「あの川は深いんですか?」
お城からは、この荒れ地と川が見えるけれど、実際に来てみると荒れ地はかなり広い。ということは、川もお城から見たのとは違うはずだ。
「あの川がなければ、略奪者が押し寄せてくるだろう。水量が豊富で高低差もある、川は深く流れは急だ」
「なるほど」
つまり、戦のために大軍勢がやってきたとしても、あの川を渡るのは大変なことで、さらにこの広い荒れ地を渡ってくるわけだ。お城から見れば、すぐにわかるに違いない。
「地形的に恵まれているとはいえ、ここは狙われている。ミツヒコ、我らはどうしたら良いと思う?」
デュデュの言葉は少なかった。
だけど、彼がどんなに深く憂いているかがわかった。平和に見えるこの村を守る領主として、彼は責任を一人で負っているのだろう。もちろん信頼できる家来はたくさんいるだろうし、対策もしているんだろうけれど、デュデュ自ら警邏に加わりたいと言い出すほどに、見えない敵をすぐそこに感じているんじゃないだろうか。
「僕の父の国は近隣の土地から幾度も征服されたと聞きます。そのたびに言葉や文化もまったく違ったものにしなければならなかったそうです。母の国は島国で占領はされませんでしたが、首都が焼け野原になったり、ある町は一瞬で灰になったそうです」
「それは・・・悲惨な国から来たんだねえ」
「あ、いえ。僕が生まれた時にはもう、平和な国になっていました。僕の両親が生まれる前のことだと聞いています」
「では土地は領主のものとして残ったのだろうか? 血筋は絶えなかったのかい? その後どうやって平和になったのだね?」
「どうやって」そんな、政治的なこと、僕は知らないんだけどなあ。「つまり、領主同士で話し合いをしたんだと思います。もちろん場合によっては、国境線が変わったりすることはありましたが、最後には紳士的な話し合いがなされたのではないでしょうか。戦争の間、子どもたちは田舎へ避難していましたから、血筋というか、ある程度の人口は守られたと思います」
「捕虜や奴隷にされることはないのかい?」
デュデュが何を憂いているのかというと、土地を奪われることと、血筋が絶えることを恐れているんだ。平和ボケした僕にはわかりにくいけれど、土地を継ぐのは血筋、または名前なのだろう。だから、戦争で負けたらこの土地は誰かのものになってしまう。場合によっては民は皆殺し、よくて捕虜や奴隷、そうなることを恐れているんだ。
「もちろん、国によってはありました。デュデュ、この村にとって、一番大切なのは何ですか?土地ですか、名前ですか、それとも民の命ですか?」
デュデュからの質問攻めに、僕が質問で返すと、デュデュは苦々しく顔をしかめた。
彼は今、重大なことを考えなければならない。だから思考を邪魔されたくないのはわかる。だけど、自分の考えばかりをこねくり回してもダメだ。本当に大切なことは何か、今一度考えるべきなんだ。
だから僕がそれを聞くと、彼は少しの間考えていた。