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視察から戻って、ダチョウを動物小屋に返しに行った。
「おかえりなさい」
デュデュは忙しいらしく、すぐにお城に入って行った。僕も、ポワルドゥルキャロットの人が5人ほど宿泊することを伝えに行かなければならないから、急いでいたんだけどオンブリカルに声をかけられた。
「どうかしたんですか、ミツヒコ」
「え・・・なぜ?」
オンブリカルはダチョウを元に戻すと、僕のところに来て顔を覗き込んできた。
「苦しいんですか?」
そう言いながら、彼は僕の背中、肩甲骨の間のあたりをトントンと叩いた。
オンブリカルの優しい顔、声、それに気づかい。まるで赤ん坊をあやすように笑いかけられて、寂しくなっていた僕の心に何かがせりあがってきた。
「う」
ぶわっと、いきなり涙が出てきた。そんなに悲しくないつもりだったのに、どうしちゃったんだ僕。
「急に環境が変わりましたからね、無理しなくていいんですよ。人も動物も同じです」
オンブリカル・・・動物と同じって。
「ふふっ」
ちょっと可笑しくて、笑ってしまった。涙は出ているけど、もう悲しくない。さっきまでの、胸につっかえていた何かもなくなった。オンブリカル、すごいな。
「ありがとう、オンブリカル」
「いえ」
彼は、何も言わなかった。何も聞かなかった。
ただ僕の胸が苦しいことを知って、気づかってくれただけだ。僕が言いたいことがあったら言えばいいし、言いたくなかったらいわなくていいんだって、そう言われた気がした。
優しい心遣い。
つい故郷がないだなんて思ってしまったけれど、こんなに優しい人がそばにいるじゃないか。村にいた時だって、みんな僕のことを守ってくれた。
大丈夫だ。僕はひとりじゃない。
大丈夫だ。
お城に戻って、ポワルドゥルキャロットの人たちの宿泊の手配をして、それから足洗の準備にとりかかった。
やることはたくさんあるようで、そんなに忙しくもない。外出もできるし、勉強もできるし、自分の好きなことばかりやってる気がする。
少ししてポワルドゥルキャロットの長の一行が帰ってきた。
いつものように男性の足を洗い、女性には熱いお湯で絞った布を渡す。足を洗っていると、長に言われた。
「メッロから聞いたよ。私たちの民の一人が心無いことを言ったと。ミツヒコのことを悪く言うつもりはなかったそうだ。だけど嫌な思いをしただろう、悪かった」
「あ、いえ」まさか長に謝られると思わなかったからびっくりした。「メッロが僕のために怒ってくれたみたいで、あの、なんて言うか、ありがとうございます」
「ミツヒコは全然悪くないのよ! ホント、気にしないで」
メッロが横から口を出してきた。美しい顔のわりに気が強いのかな。はっきりしている人だよね。そして、とても優しい人だ。
「砂漠の民にテントを焼かれたから、変に猜疑心が強くなっちゃって」
「やっぱりあの火事は砂漠の民にやられたんですか」
「そうなの。ここに来る前も、砂漠をよけてきたんだけど、それでも何度か火をつけられたから、みんな砂漠の民に対してピリピリしちゃって」
「それは大変ですね。それでも、ここまでポワルドゥルキャロットのカールバーンが来てくれるんですから、ありがたいです」
「まあね、私たちはそれが生きがいだから。一か所にとどまった生活なんてできないし」
そうか。彼らは決まった土地で生きているわけじゃないんだ。つまり故郷がない。それって寂しいことじゃなくて、彼らにとっては縛られず自由に生きるということなのかも知れない。価値観や考え方って、それぞれだけど、面白いもなんだなって思った。
それからすぐに、今日から新しくお城に泊まるポワルドゥルキャロットの若者たちがやってきた。男の人ばかり5人。
足を洗うととても喜ばれた。よかった。彼らともきっと仲良くなれるだろう。
それどころか、昔からの友だちのように話しかけられた。基本的にこの砂漠の民はみんなすごくフレンドリーだと思う。裏表なく隠し事をしない。日本人は本心をあまりはっきり言い表わさないから、その逆。
「このお部屋をお使いください」
「へえ、良い部屋だね。風通しが良いし、採光も考えられていて」
「ミツヒコ、君も座って少し話そうよ」
こんな感じで、彼らを部屋に通したまま、僕もおしゃべりに巻き込まれた。彼らはいろんなところを旅して歩いているから、たくさんのことを知っている。それに僕は、この世界のことをほとんど知らないから、すごく興味深かった。
「広くて過酷な砂漠、深い渓谷、流れの速い川、山賊の出る道、そこを通って俺たちは海まで行くんだ」
話によると、デュウの村は海から一番遠い山の際にある最後の村らしい。ここが終着点とのことだ。
「デュウの村には、良い作物がたくさんある。ここのアピュはどこへ行っても高く売れるから、ここまで来る価値があるんだ」
「あと、エルビュの布もはずせないね」
わお、エルビュの布と言ったら、ハタさんのところの布のことだ。なんかすごく嬉しい。
「この村の良いところを余所に伝えてくださって、嬉しいです。それにいろんなことを知っていてすごいですね」
「そうさ。俺たちは世界を知っている」
「世界は広い。寒いところには毛深い人たちが厳粛な生活をしている。そこで俺たちがアピュを持って行くと、彼らの厳つい顔が笑うんだ。こんな面白いことはない」
「はははっ、いかつい顔って!」
僕が笑うと、みんなも大笑いだった。厳つい顔を真似ておどけて見せる彼ら。
だけど彼らは自分たちに自信と誇りを持っているのが伝わってきた。世界を繋げる彼らは、過酷な砂漠、深い渓谷、流れの速い川、山賊の出る道をものともせず通り、渡ってくるのだ。その生活こそが彼らの人生なのだろう。
カッコいい。
誇りをもって生きられるのならば、故郷なんて関係ないんだ、きっと。