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 デュデュはなんだか急いでいるようだった。

「ああミツヒコ、探していたんだ」

「僕をですか? どうしたんですか?」

「村に行くんだが、一緒についてきてくれないか」

 なぜだか速足で歩きながら、とりあえず自分の部屋に羊皮紙を置いたところで、外出を言いつかった。

「一緒にですか? お使いじゃなくて?」

「そうだ。私が視察に行くのだ。ただ今日は休みで、城の人間が少ないから皆手が離せないのだ」

 それで、暇そうな僕を連れて行こうというわけか。

「わかりました。まいりましょう」

 動物小屋にはいつものようにオンブリカルがいて、すでにデュデュのと僕のダチョウを準備しているところだった。

 そのままダチョウに乗り、いつものようなカポカポとのんびりした歩調ではなく、少しばかり速足で山を下りるデュデュ。遅れまいと僕のダチョウもちゃんとついて行った。

 村へ下り、畑を見回る。ポワルドゥルキャロットのカールバーンが来ているとはいえ、真昼間の畑にはわりと人がいる姿が見えた。見慣れた風景だ。

 そこでダチョウを下りたりするのかと思ったものの、デュデュはどんどん先に進んだ。ざっと村を見てまわり、それから村はずれにテントを張っているポワルドゥルキャロットのカールバーンのところまでダチョウを走らせる。カールバールのざわめきが近づいてくるものの、前に来た時とは違う臭いがした。

 デュデュはテント群の中にダチョウを入れず、その外側をぐるりと回って荒れ地の方に出た。そこで目指していたものがやっと僕にもわかった。

「テントが」

 ひとつのテントが、黒焦げていたのだ。

 心臓がドクンと鳴った。

 昨日の鈴の音を思い出した。前にも鈴の音を聞いたとき、火事があった。今回も、火事だったんだ。

 ダチョウを下りると、デュデュは僕にダチョウを任せて黒焦げたテントに入って行った。さすがにダチョウを2頭も連れていてテントに入るわけにはいかないので、僕は少し離れたところで待っていた。


「あなた、デュウの人?」

 ぼーっと立っていると、ポワルドゥルキャロットのおばさんに話しかけられた。ジロジロと髪の毛を見ている。髪の色だけを見れば、僕はデュウの村人には見えないから。顔立ちはそんなに違わないと思うんだけど、デュウの人の髪の毛は真っ黒だからそれとはやっぱり違って見えるんだろう。

「はい、あの、最近移り住んできたんです」

「どこから?」

「イタリア、です」

「あたしたちはあちこち行くけど、イタリア? 聞いたことないわね。その髪の色、本当は砂漠の民なんじゃないの?」

「え?」

 僕の髪の毛は茶色だ。色は薄いけれど金髪には見えないと思う。砂漠の民の髪の色は金髪だと聞くけれど、いくらなんでも。

 最近伸びてしまって、後ろに括った髪を触る。ここはいつも日差しが強いし、太陽に透けるとこの伸びた先は金色に見えるのだろうか。

「あなた、ここに何をしに来たの?」

「あの、」

 冷たい、悪意に近い視線にドキリとする。この村に来てから感じたことのない視線。子どものころはよくそんな目で見られた。僕はミックスだからどこに行っても、よそ者扱いされた。イギリスにいれば黄色い奴と言われ、日本にいればガイジンと言われた。あの視線だ。


「ミツヒコ、ちょっと」

 その時向こうからデュデュに呼ばれてほっとした。僕はそのおばさんに小さく会釈をして、そこを去った。そんな目で見られ続けるのは嫌だ。ここに居てはいけないんじゃないかって気になる。

 デュデュのところへダチョウを連れて行くと、デュデュはまだテントの人と話していた。

「わかりました。ここの若い方ですね。5人で良いですか?」

「まだわからないけど、とにかくそのくらいだよ」

「夕方にはいらしてください」

 そういうと、デュデュはダチョウのところへ戻ってきた。そして僕にこう言った。

「このテントの若い人が、少しの間お城に泊まるから、部屋の手配を頼んで良いかね」

「ええ。全員男の方ですか?」

「そう聞いているが」

「わかりました」


 デュデュと話していると、向こうの、さっきおばさんに話しかけられたところでワっと大きな声が聞こえた。結構な人数のポワルドゥルキャロットの人たちが集まっているところで、大きな声をあげているのは長の家族の付き人、麗しのメッロだ。

「憶測で失礼なこと言わないでちょうだい。いいこと? あの方はお城に仕えてる方よ。見てくれなんて関係ないわ。あの方のこと何も知らないのにひどいことを! 二度とそんなことを」

「アルジャメッロ、もうおよしなさい」

「でも奥さま」

「後で主人からキツく言ってもらうから今はおやめなさい。ほら、あちらで」

 向こうでメッロと長の奥さんがこちらを向いた。メッロは僕がそちらを見ていることに気付くと少し悲しそうな顔をして僕に何かを言いたそうな感じだった。だけど、こちらには来なかった。

 僕はダチョウに乗って、少しだけ頭を下げて、そこを去った。

 何を騒いでいたのかわかる。僕のことだ。あのおばさんが何を言ったのか、わからないけれど、どんなことを言ったのか想像がつく。それをメッロが怒ったんだろう。僕のために。

 ありがたい。

 けれど、忘れていた何かを思い出して、辛くないって言ったらうそになる。あんな目をされるのは、慣れたつもりだったけど、やっぱりつらい。単なる見た目で判断されることは、異国に住んだことのある人間にしかわからないだろう。

 僕の故郷は、ここにはない。

 今も、昔も、どこにも。




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