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 僕はいつも使用人の部屋で眠っている。この村の人は布団を使わないから、ござのような敷物の上に、自由な感じで雑魚寝だ。この部屋には僕を入れて男性が5人いる。男性の使用人の部屋はもう一つあって、たぶん女性も二部屋だと思われる。

 デュデュとデュデュの家族、親族はほかの部屋で、あと教師の部屋がある。(兵隊は違う建物に住んでいる。人数が多いのと、夜勤があるためらしい)

 これだけ大きなお城なのに、意外と少人数なんだよね。だから執事やそういった執務をする使用人がいなくて、デュデュは自分のことは自分でやらなければならないんだろう。


 その日の夜だった。

 僕が眠っていると、どこかでリーンと鈴の音のようなものが聞こえた。きれいな音だ。

「なんだろう」

 気になって目を覚ましたけれど、部屋の人たちはみんなもちろん眠っている。だけど胸騒ぎがした。前にもこの音を聞いたことがある。あれは、そう、火事の前だ。

 まさか、この音が聞こえたら火事が起こるってわけじゃないとは思うけれど、思い過ごしだろうけれど、何か気になる。

 そっと部屋を抜け出して、中庭を見ながら廊下を通り、玄関へ出た。玄関には閂が掛かっている。普通の家はあまりカギやら閂やらかけないけれど、さすがにお城は開けっ放しというわけにはいかないだろう。(ハタさんのところでも似たようなことを言った気がする。とにかく普通は開いてるけど、ここは珍しく締まっているんだ)

 さすがに僕の勝手で閂を外すのははばかられる。玄関ホールから上がったところに小さな足台がある。そこに上るとちょうど目線の高さに小窓があって、そこから外の様子を見ることができる。来客の時に使うものだろう。

 そっと窓から外を見ると、すぐ前に大きな階段があってその下は広場のようになっているのが見える。ここは山だからその先は木の影がギザギザとしているのがわかる。ちょっと遠くの方は見えない。角度を変えれば、村とその向こうの荒れ地までかなり小さいけれど見渡すことができる。でも特に変わった様子はない。

 なんだろう、この胸騒ぎは。いや、胸騒ぎというよりは、誰かが何かを伝えてきている気がするんだ。

 小窓から外を見つめながら、またあの鈴の音が聞こえないか耳を澄ませていた。それでも、今はこれ以上は何も聞こえなかった。心配しても仕方がない。

 諦めて、部屋に戻り、ノッチにもらった枕を敷いてまた眠るしかなかった。


 朝になると、昨晩の鈴の音のことはすっかり頭から消えていた。

 この日は午前中に文字の勉強をすることになっていたので、ウキウキしていたからかもしれない。勉強はこのお城の中にひっそりと存在する図書室のようなところでする。本というほどではないんだけど、書物が置いてある。

「やっと革屋さんから"φ(・ェ・o)~が届いてね」

 先生が持っているのは、どうやら羊皮紙のようなものだった。とはいえ、僕は羊皮紙を見たことがないし、この村で羊を見たことがないから“のような”としか言いようがないんだけど、何かの動物の皮らしいものが、薄く紙のようになっていて、くるくると巻いてある。結構大きい。知らない単語"φ(・ェ・o)~は、脳内で“羊皮紙”に変換しておいた。

 それで気づいたけれど、カワさんが持ってきたやつだ。

「基本的に表意文字だから、意味が分かれば読めるようになっているんだよ。しかも、補助的に表音文字が存在するから、両方教えてあげよう」

 先生、嬉しそうだなー! ニッコニコしちゃって。もちろん僕だって嬉しいけど。

「先に表音文字をこちらに書いてあげよう」

「はい」

 先生は、大きな羊皮紙をひとつとって、そこに筆のようなもので字を書きだした。初めて見る文字だ。しかも、上から下に書く文字。日本語っぽい。文字の形も崩したひらがなのような形をしている。ただし、母音と子音を組み合わせて使うようだから、どちらかというと読み方はアルファベットに近いと思う。

「古代文書には出てこないけど、まあ、こんな感じ」

「ありがとうございます」

 サラサラと表音文字を書き終えて、インクを乾かす間に、今度は表意文字の方に移った。

「表意文字は数が多いから大変だよ。簡単なのから覚えるようにしよう。まずは・・・」

 先生は熱心に文字を教えてくれた。見た感じ象形文字を思い出すような文字の形をしている。

「これは目ですね。これは、上、これは下ですね?」

「おや君はもう読めるのかい?」先生が不思議そうに聞いてきた。

「いえ、僕のいたところは、表意文字を使いましたから、簡単なものならば想像がつきやすいんです」

「へえー、そうなのか。もしや識字率の高いところだったのかな?」

「ええ。みんな子どものころから文字を習いますから、読み書き計算は誰でもできます」

「そんなところがあるんだねえ。この村じゃ、文字に興味のある人が少ないから、文字を残すのが大変だと言うのに」

「自分の名前くらいは書けた方が良いと思うんですけどね」

「ほう!」

 何? 僕なんか言った? 急に眼をかっぴらいてこっちを見られたけど。

「それは良い考えだ。それならみんなきっと、興味を持ってくれるだろう」

「ああ、はい」

 そういう感じか。先生は文字を広めたいんだな、きっと。

 文字への情熱はよくわかった。

「そこの棚にある書物は自由に読んで構わないよ。読むための練習に使ってくれたまえ。まだ教えていない言葉も多いから、わからないことがあったらそのたびに教えてあげよう」

「ありがとうございます。じゃあ、これをお借りします」

 先生おすすめの棚から、手近にあった羊皮紙の巻物を取り、先生が書いてくれた文字表をふたつ丸めて、今日の授業はここまで。

 さっそく部屋に戻って、まずは表音文字から覚えようと廊下を歩いて戻るところだった。

「ミツヒコ!」

 廊下の向こうから、デュデュが呼んでいた。



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