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その日の夕食後、僕はまたデュデュの部屋に行った。
「デュデュ、今日カワさんが来て、これをデュデュに渡してくださいって」
と見せると、デュデュはアっと驚愕の表情になった。それから申し訳なさそうな声で「ああ、忘れていた」と呟いた。
忘れていたんですね。で、今思い出したんですね。
「中身がちゃんと注文通りか確認してください。僕が報酬を彼女の家に届ける約束をしておきましたから、早めにお願いしますね」
「おお、ミツヒコ。気が利くねえ~。どうもありがとう」
「あと、明日のご予定はありますか? 来客とか外出とか」
このさい両方聞いておこう。
「えー・・・確か明日は、そうそう、明日もポワルドゥルキャロットのカールバーンの若者がくるはずだよ。今日全部見きれなかったんだ。ここに泊っていくよう言ったんだけど、テントの方が気楽だって言って帰ってしまったのでね、明日また来ることになったんだよ」
「そうですか。じゃあ、今日と同じような感じでしょうかね」
「そうだね。それから、たぶん明日の午後にハタ屋さんが来るはずだよ。布を頼んでおいたんだ」
おお、ハタさんが来るのか。ということは会えるだろう、嬉しいな。
「わかりました。そちらは、納品ですね」
「そうそう。そうだ、報酬を準備しなけりゃならないなあ」
「報酬はいつもどうしているんですか? 何か僕が手伝えることがありますか?」
そう聞くと、デュデュはすごく驚いた顔をして僕を見た。
「ミツヒコは気が利いてよく働くねえ。足洗だけのつもりで雇ったのに、気が付いたらこうして私の話し相手もしてくれるし、明日の予定も思い出させてくれるし、しかも食事の準備や出迎えや留守番までしてくれるんだからなあ」
「いえ、ありがとうございます」
褒められてるってことで、お礼を言って良いんだろうか。
「報酬は報酬部屋にある物から渡すことになっている。ハタ屋さんはいつも高価な布を持ってきてくれるから、大量なんだよ。そうだミツヒコ、明日ハタ屋さんが来たら、一緒に持って帰ってあげてくれないか。君のダチョウに積めば彼女も助かるだろう」
「はい、わかりました」
「あと、カワさんの報酬か。いつも彼女が選ぶのは宝飾品とガラスだな。マテテショヴ(使用人頭)に揃えてもらうか」
「選ぶんですか? 決まってるんじゃないんですか?」
「ん? 報酬というのは、人それぞれ欲しいものが違うからね。だいたいの村の人は穀物袋で済むが、カワさんやハタさんは特殊な仕事をしていることもあって、仕事に必要な材料を欲しがることもあるんだ。たとえば、木材や金属材料ということもある。明日一緒に見てもらえばわかるが、報酬部屋にはありとあらゆる報酬のための品物が置いてある。その中から働きに応じて支払うことにしているんだよ」
「そうなんですか。面白いですね」
なんとなく、わかったような、わからないような感じだけど、貨幣経済じゃないからそうなっちゃうんだろう。
次の日の午後、ハタさんがお城にやってきた。ノッチとノリーナさんも一緒だった。
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
なんて言って出迎えたら、ハタさんが大笑いしていた。ノリーナさんはいつも通りだけど、ノッチはなんだか顔を赤くして驚いたのか何なのか、目を真ん丸にしていた。
デュデュのところへ行き、ハタ屋の品物を納品すると、デュデュはハタ屋一行と僕を報酬部屋へ連れて行った。なんのことはない、単なる倉庫のような部屋だ。
穀物袋の棚がひろーく幅を取っている横に、木材やら金属類、ガラス類がこまごまと置いてある。それから普通に宝飾品が、大きい物は羽とか布でできたものや、小さい物はたぶん本当に宝石が付いているようなものもあった。そうそう、武器らしいものもあった。
あと驚いたのは、お金があったことだ。
「お金だ!」
何が驚いたって、ちゃんとデュウの村のお金だった。どうしてわかるかって? デュデュの肖像が描かれているんだ。
「そうなんだよ。せっかく領主になったからね、デュウの村専用のお金を作ったんだけど、誰もこれを使おうとしないんだよ。まいったねこりゃ」
デュデュが笑っていた。
笑いごとか!
とは思うけど、この村はこれで良いのかもしれない。自分の肖像の描かれたお金で税金を取り立てるような強制力ではなくて、民が自分から納税することが普通になっているし、なにより平和なんだ。
だから村の人は基本的にその日暮らしだけど、困ることはないし、食べ物も豊かに採れるし、ポワルドゥルキャロットのカールバーンが訪れれば楽しむこともできる。
デュデュのこのあっけらかんとした気質が良いんだろうな。
ハタさんはその中から、いくつかの木材(自分でボビンを削りだすらしい)と、小さな金具やねじのようなものを選んでいた。
「これでお願いします」
とハタさんが言うと、デュデュが
「それっぽっち? もっと持って行きなさい。今日はミツヒコが送っていきますから、運ぶ手はありますよ。この辺の穀物袋もいくつかどうです?」
「あはは、そんなにあっても逆に困るわよ」
ハタさんも笑っていた。
こんな時、宝飾品を持って行ったりしないのがこの村の人らしいよね。必要ないものは要らないんだ。だからもらわない。
「でもミツヒコが来てくれるなら、全部運んでもらえるのね。助かるわ~」
「あ、はい」
ノッチも嬉しそうだ。この際荷物運びでも何でも、使ってやってください。