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広場には食べ物屋の屋台のほかに、子どもが遊べるような小さな遊園地があった。
昔、イギリスのお祭りで見たような、子ども向けの小さな乗り物があるんだ。たとえば、3人乗りの観覧車。しかも人力。それからガラクタが所せましと並ぶ的当て。狭い迷路やお化け屋敷のようなものもある。小さい子向けには、人形劇もある。ああ、このノスタルジックな音楽はここから流れているのか。
すごく懐かしい感じだ。
両親と手をつないで見に行った、イギリスの小さな町の移動遊園地を思い出す。
「ノッチ、乗っておいでよ」
「うん!」
アジョをいくつかノッチに渡すと、ノッチは観覧車に乗りに行った。
ゆっくりと上り、ゆっくりと下りてくる観覧車からノッチが楽しそうに手を振っている。大した高さじゃないけれど、ノッチにとってはあんなに高いところに上ることなんてないから、きゃあきゃあと弾けるように笑っている。
どの出し物も、一回に1アジョで楽しめるから、ノッチとめいっぱい遊んでしまった。
これは、この村の人たちがポワルドゥルキャロットのカールバーンが来るのを心待ちにしているのがわかるなあ。単なる買い物だけじゃなくて、年に一度あるかないかの娯楽ときたら、楽しまないはずがない。
たくさん遊んで、いくつか珍しいものを食べて(揚げ物があった!)お腹もいっぱいになって、日が真上に上がったころ、時間が気になった。
「ノッチ、僕はお城に帰らなきゃ」
「うん」
少し残念そうだけど、ノッチもわかってくれた。ノッチだって本当は仕事があるからね。二人でまたテントの間をすいすい通って、村へ帰って行った。
帰り道、何が楽しかったとか、美味しかったとか、そんなことで話が盛り上がった。ノッチは子どもだから、甘いものが美味しかったみたいだ。僕は久しぶりに食べた揚げ物が、フライドポテトのようだったからすごく嬉しかった。これは葉っぱに包んでもらえたから、ハタさんとノリーナさん(ノッチのお母さん)と、オンブリカルにお土産を買ってきた。壺に入れてるから、いい匂いが鼻に入ってきて、お腹がぐうと鳴りそうだ。お城に戻るまでに冷めないと良いんだけど。
「ミツヒコ、すごく楽しかったね」
「うん。こんなに楽しいと思わなかった。ハタさんに布をもらえてよかったよ。お礼、言っておいて」
「ポワルドゥルキャロットのカールバーンがいる間に、また行きたいね」
「そうだね。お城から出られる時があったら来るよ」
ハタさんの家に着くと、僕はダチョウを迎えに行った。
「ハタさん、あの布、高く売れました。ありがとうございました。それで、この壺を買いました」
「ずいぶん早く帰ってきたわねえ。壺、よかったわね」
ハタさんたちは、僕らがもっと一日中遊んでくると思っていたみたいだ。でも、僕がお城の仕事があると言ったら納得してくれた。
それから、お土産の揚げ物を渡すと、喜んでくれた。
「私たちも2,3日したらカールバーンへ行くのよ。これ、どこに売ってたの?」
ハタさんとノリーナさんは、ポワルドゥルキャロットのカールバーンのために織った布を大量に持って行くらしい。そうしたら、この揚げ物なんて、村中の人がお腹いっぱい食べられるくらい買えちゃうよね、なんて言って大笑いした。
できたら僕もまた、ハタさんたちがカールバーンへ行くのに合わせて、こっちに来られたら楽しいのにな、なんて思いながら、ダチョウに乗って帰って行った。
お城に帰って、ダチョウを動物小屋に返しに行くと、オンブリカルはいつも通りそこにいて、動物たちと語らっていた。
カールバーンはすごく楽しかったけれど、オンブリカルのこのいつもと変わらない雰囲気を感じると、なんだかすごくホッとした。もちろん、僕は今まで村に長くいたから、まだこのお城が自分の家という感じはないんだけど、オンブリカルはここが家で、そこでいつも通りに仕事をこなしているその雰囲気が、僕を非日常から日常へと戻して落ち着かせてくれた。
「おかえりなさい。カールバーンはどうでしたか?」
「とても面白かったです。これ、お土産です」
大きな葉っぱでくるんだ揚げ物を彼に渡すと、オンブリカルはとても喜んでくれた。
「これね、僕が住んでいたイギリスっていうところでよく食べた味と似ているんです。もう食べられないかと思っていたから、すごく嬉しくて」
「イギリス?」
オンブリカルはイギリスなんて知らないよね。不思議そうな顔をして僕のことを見ている。それから彼は口を開いた。
「きっと優しい思い出がたくさんあるのでしょう。ポワルドゥルキャロットのカールバーンがミツヒコに大切な思い出を思い出させてくれたのなら、僕も嬉しいです」
「うん」なんだか喉が詰まる。「ありがとう」
僕はそれだけ言うと、動物小屋を出た。これからポワルドゥルキャロットの人たちが帰ってくる。僕の仕事の時間だ。
僕はこんなに素晴らしいお城に勤められて、自分のしたい仕事ができて幸せだ。
それ以上に、僕のことをわかってくれる優しい仲間がいて、本当に幸せだ。オンブリカルの何気ない気づかいは、僕の寂しくなった心を癒してくれた。