37
自宅に戻ったのは、まず漬物の状態を確認すること。それからこれを村の人にあげられるように小分けにするつもりだ。できればカールバーンでも売りたいけれど、どうだろうか。
ダチョウに乗って家に近づくと、カポカポという音に気付いたのか、ハタさんの家から声が聞こえ、すぐにノッチが現れた。
「ミツヒコ!」
「ノッチ」
嬉しいな。ノッチが出迎えてくれるなんて。お城に行ってから8日が経って、その間ノッチに会えなかったから、なんだか久しぶりだ。今までこんなに会わなかったことってないから、すごく新鮮な気分だ。
僕はダチョウから降りると、ノッチのところに走って行った。
「うわあ、ミツヒコ。カッコいい~!」
「え、あ、これ? お城の服装なんだよ」
そうだよね。やっぱり畑仕事しているのとは違うよね。
ダチョウは僕の後をお利口についてくる。そのままハタさんに挨拶に行くと、ハタさんはたくさんの布を抱えて出てきた。
「おっと、ミツヒコ、あら、立派になっちゃって。良いところに来たわ。カールバーンに持って行く布を仕分けていたのよ。ここらへん、余ってるからあなた持って行きなさい」
「余ってるって」
どういうことだかよくわからないけど、布をくれるらしい。
「これだと、そうね、四角いお金ふたつくらいかしらね」
「四角いお金ってなんですか?」
そもそも、カールバーンはお金というか貨幣経済なのか? だったら物々交換じゃダメだよなあ。
「あらそうよね、ちょっと説明しておくわ。まず、この布を布関係を売っているテントに持って行って売るの。そうするとカールバーンで使えるお金をくれるわ。カールバーンのお金は大きい方から四角いお金、丸いお金、小さいお金ってあってね、四角いお金はピティ、丸いお金はオルン、小さいお金はアジョでできているから、形だけじゃなくて色も違うから見ればわかると思うわ」
うん? もうすでに、わけがわからなくなってきたぞ。だいたい、知らない言葉を羅列されても理解ができない。それなのに、ハタさんは話し続けていた。
「四角いお金一つで、だいたい一日の報酬くらいと思っておけば、相場がわかると思うわ。アジョが12個で丸いお金オルンと同じ。オルンが12個で四角いお金と同じよ。まあ、お金と言っても目安だから、持ち合わせが少なかったら負けてくれるし、他の物をおまけしてくれたりもするから、カールバーンの人たちとのやりとりを楽しんでいらっしゃい」
「はあ」
さっぱり理解できなかったが、とりあえずハタさんがくれた布を布屋のテントで売ればいいってことらしい。そこで得たお金で、ほかのテントで欲しい物を買うんだろう。ちょっと難しそうだな。
でもここで教えてもらって助かった。自分の家にある物で売れそうなものなんて、穀物袋と漬物くらいしかないし、それすらも売れるかどうかはわからないから、ここはハタさんの布をありがたくいただいておくことにする。
「ありがとうございます。助かります」
「余り布で悪いけど、お小遣いの足しになれば嬉しいわ」
ハタさんって、ほんと僕のお母さんだよね。ここは素直に甘えておくと、喜ばれる。
ふと、手をつないでいるノッチのことが気になった。
「ノッチはこの後も仕事? 一緒にカールバーンに行かない?」
「あたしも行きたーい。おかあさーん」
仕事があるらしいけど、ハタさんとノッチのお母さんが「行ってらっしゃい」と言ってくれたので、二人でカールバーンへ行くことになった。
ポワルドゥルキャロットのカールバーンは村のはずれにテントを張っているという。ハタさんの家にダチョウを置かせてもらって(ハタさんがすごく喜んでいた。どうやら動物が好きらしい)ノッチの家の方へ向かい、そこからさらに先に進んでいくと、確かに村はずれの荒れ地が見えるところにテントの群れが見えてきた。テントと言っても、僕が日本の小学校の運動会で見たことがあるようなのじゃなくて、サーカスのテントの小さい版というか、モンゴルの遊牧民の住んでいるやつみたいな、立派なものだ。近づいていくとワイワイとたくさんの人の喧騒とそれから不思議な音楽が聞こえてきた。
「ミツヒコ、はやく」
「うん、なんだか、すごいねえ」
ノッチは僕の手を引っ張っていく勢いだ。こういう雰囲気ってワクワクするよね。僕も、小さなころに遊園地に行った時の気分を思い出した。
カールバーンに着くと、思った以上にテントがひしめき合っていた。入り口はみんな大きく開かれているので、ちょっと覗いてみるだけで、何を売っているテントなのか一目瞭然だ。それに、食べ物も売っているらしく、この村では嗅がないような、美味しそうな香りが漂っていた。
懐かしい、お祭りの匂いだ。
とはいえ、まずは布を買ってくれるテントを探さなくちゃね。きょろきょろと左右に伸びるテントを覗き込みながら布がありそうなところを探していると、
「あら、ミツヒコ」
と声をかけられた。こんなところに知り合いがいるはずない、と思ったものの、そこにいたのは、お城にいる付き人の、あの麗しのメッロだった。