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次の日の朝早く、僕の家にお城からの迎えが来た。なんと、僕は一人でダチョウに乗った。
「大人しい動物ですから大丈夫ですよ」
と言われても、馬すら乗ったことがないのに、ダチョウって! 思った以上に背が高くて怖い乗り物だ。でも確かに、大人しい動物で、前を行く役人の後ろをクルクル不思議な声を発しながらついていってくれた。
畑を超えて、少し上り坂を上っていく。いや少しじゃない。緩やかだけど、かなり長い坂道だ。そして行けば行くほど勾配が急になっていくような気がした。どうやらお城は山の中にあるようだ。大きな木が等間隔に植わっている街道を上っていくと、ついにお城の姿が見えてきた。
山をバックにして、立派な構えのお城だ。
村のようすからは想像もつかない豪華さで、思わずあんぐりと口を開けてしまった。
山の緑に映える、赤い城。いや、朱い、だな。外の門をくぐりさらに石畳の広い道を進んで、やっとお城の前に到着した。大きな階段があるけど、そこもダチョウに乗ったまま上る。ちょっと怖いけど、この階段を足で登ったら大変だろうから文句は言わない。
階段の上に到着すると、ダチョウから降ろしてもらった。
「どうぞこちらへ」
のんびりした国とはいえ、さすがにお城なので衛兵がいる。その前を案内されて、大きな門の横にある小さな門から中に入った。
門の内側にも衛兵がいる。
きょろきょろする間もなく、どんどん歩く案内の役人についていき、いろんなところを通ってやっと「こちらでお待ちください」と通されたのが、たぶん執務室。
基本的に和室に似ているため、ここも(植物でできた畳のような)敷物の上に正座だ。
「いやいや、お待たせしました」
と現れたのは、初老の男性がふたり。一瞬双子!? って思ったけど見るからにデバルド(シャツの上に着るエプロンみたいなやつ)の長さが違うし、布の質も全然違うからどちらが領主なのかすぐにわかった。
「こちらは領主のデュデュルド・デュウモトマでございます。わたくしは使用人頭のマテテショヴと申します。本来使用人に関しましてはわたくしに一任されておりますが、領主がどうしてもミツヒコさんを見たいと駄々をこねまして」
「そうなんだよ。珍しい異国の若者が、珍しい仕事をしていると聞いてね、どうしても会ってみたくて。ミツヒコさんだね、どうぞよろしく。この領地を治めているデュデュルドだよ。みんなデュデュと呼ぶからね、君もかしこまらずにデュデュと呼んでくれたまえ。君のことはミツヒコと呼んでも良いかい? それともほかに呼び名があるかい?」
かなり親しげに領主はにこやかに挨拶をしてくれた。ちなみに、ロマンスグレーのイケメンだ。
「セバスチャン・光彦・オブライエンです。セバスチャンでもミツヒコでも呼びやすいほうで呼んでください」
「なんとも、由緒のありそうな名前なんだねえ。じゃあ、ミツヒコと呼ばせてもらおう。さて、マテテショヴが話したいみたいだから話を譲ろうか」
領主が茶目っ気たっぷりに使用人頭に笑いかけると、マテテショヴさんが話し始めた。
「では早速ですが、足を洗う作業について、どんなことを行うのかを教えていただきたい」
「おお、そうだ。せっかくだから私の足を洗ってくれないか?」
せっかく使用人頭に発言権が移ったはずなのに、領主はまた出張ってきた。使用人頭は苦笑いしている。
「と、領主が申しておりますので、よろしいでしょうか」
「あ、はい」
しかし、どこでやるかな。ていうか、室内は基本的に素足だからどこでも良いんだろうけど、水を使うからな。
「水を使うので、玄関か水を流しても良いところはありますか」
「ふむ。では中庭に移動しよう」
領主自ら先に立って、僕を中庭に案内した。
そこは、村の人の家と同じ造りで、家のどこにいても光を取り入れるための中庭で、あの灯篭が置いてある。もちろん、村の人の家よりはずっと広いけれど、まあ、中庭だ。
そこに庭を見るためのベンチがいくつか置いてあるし、家に上がるための縁側もある。ところどころ日本家屋を彷彿とさせるこの地域の建物を見るとなんだかホッとするよね。とはいえ、ここは領主のお城だし、どこも朱色に塗ってあるから、どちらかというと首里城を思い出すけど。
領主が縁側に座ったので、庭に下りてその前に座った。
「では失礼します」
僕はいつものように、たらいに水を張り、ポットからお湯を注いで領主の足を洗った。それからお湯で固く絞ったタオルで足を拭いた。
領主も、隣にいる使用人頭も興味深そうに見ている。
「気持ちが良いもんだ」
「それはよかったです。このお城のそばにも川があるのですか? デュデュも普段は川に入って足を洗いますか?」
「もちろんそうだ。でも、この水は冷たくなくて、ホッとするな」
「はい。ちょうど人肌くらいにしています。もしもっと温かい方がよければ、お湯を足すこともできます。僕のいたところでは、少し温かめのお湯に足をつける足湯という風習もあります。気持ちが良いですよ」
そんなことを話しながら、この作業をすると、なんとなく領主が身近な人に思えてくる。やっぱりこうやって一緒になって話すこと仲良くなるよね。
領主にすごく気に入られて、僕はここに住むことが決まった。