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役人たちは僕の仕事、つまり足を洗う作業を見についてきた。そして僕が布を出したり、お湯を出したりするとそのたびに「へえ~」とか「ほう」とか「それは何だい?」とか口をはさんできた。興味津々ってところだ。
「お湯を入れてる入れ物はどうなってるんだい?」
「これは僕のいた国にあるポットというもので、保温ができる水筒です。いっぱいまでお湯を入れておけばしばらくは熱いままで保てるんです」
「へえ~」
と、そこにいた役人だけでなく、ヤマさんや家の人たちもみんな興味深そうに見ていた。
「私たちもやってほしいです。できますか?」
なんと、役人たちにも頼まれてしまった。でも、どうしたら良いだろう。彼らの家はどこにあるんだろうか。
「いやいや、いかにデュウの役人でも、ちゃんと順番待ちしてもらうぞ」ヤマさんが仕切りだした。「だいたい、今、ここらへんの奴らがみんな、順番待ちしてるんだ。少なくともあと4日は待ってもらわなくちゃ」
「そうするとポワルドゥルキャロットのカールバーンが来ますね」
役人はカールバーンが来ると忙しいのだろうか。大きなイベントらしいし。
「だったらポワルドゥルキャロットが来るのに合わせて、お城に来てくれないか?」
「え、僕がお城に?」
「ああ、それは良い」
「デュウでも喜ばれるし」
「それにポワルドゥルキャロットのヽ(・_・ ) (・_・)/にぴったりじゃないか」
「今までにないヽ(・_・ ) (・_・)/になるぞ」
「そうだ。すぐデュデュに知らせて、手配をしよう」
「お客は多いからな。これは忙しくなるぞ」
なんか、役人たちで勝手に盛り上がっているけど、どういうことなんだろうか。そう思っていると、今度はヤマさんたちが口を開いた。
「ちょっと待て。勝手にミツヒコを持って行くな」
「そうだ、俺たちだってミツヒコに足を洗ってもらうのを楽しみにしているんだ」
「ミツヒコの意思もちゃんと聞かないと」
「それに、ポワルドゥルキャロットのヽ(・_・ ) (・_・)/なんて、急に荷が重いだろう」
「だいたいミツヒコはこの村のことだってあまり知らないんだから」
「カールバーンには俺たちが連れて行くつもりなんだし」
こっちはこっちで、いろいろと僕のことを考えてくれているみたいだけど、僕が口を挟む間がない。
「そうは言っても、ポワルドゥルキャロットのカールバーンが来るのはもうすぐだ」
「すぐに手配しないと間に合わないんだよ」
「それに、君たちだってこれがヽ(・_・ ) (・_・)/にちょうど良いと思うだろう?」
「そりゃ、そうだけど」
「だからまずはデュデュに聞いてみて」
「そりゃ、デュデュは良いっていうだろうさ。だけど」
「ストーップ!」
僕が立ち上がって大声を出したら、みんながこっちを向いた。やっと話せるよ。
「僕のことを僕が分かるように説明してくれませんか? みんなで勝手に決めないでください。ヽ(・_・ ) (・_・)/ってなんですか。デュデュってなんですか?」
一瞬みんながぽかんと口を開けて僕を見た。それから、全員がウンと頷いた。
「すみません、つい気が急いてしまって。デュデュというのはこの土地の領主のことです。今の領主はデュウの直系デュマの子デュデュというのです」
一人の役人が教えてくれた。その言葉を継いで隣の役人がヽ(・_・ ) (・_・)/について教えてくれた。
「ヽ(・_・ ) (・_・)/というのは、ポワルドゥルキャロットのカールバーンの長やその家族がお城に滞在する間の世話のことで、歓迎の意を込めて心を込めて接することを言うんです」
つまり“おもてなし”ってことかな。日本的な考え方かもしれないけど、そんな気がする。
「彼らに気持ちよく滞在してもらうために、我々はいつも非常に心を配っているのですが、どうしたら居心地よくしてもらえるかとね」
「そこで、君の足を洗うこの仕事がちょうどいいと思いまして」
「それでできれば、あなたにお城に来ていただきたいと思ったのです」
役人たちの話がわかると、ヤマさんが言った。
「だけど、急な話だろう? お城のことどころか、村のことも、ポワルドゥルキャロットのカールバーンのことも知らないのに、お客をもてなすなんて大変だろうと思うんだよ」
ヤマさんたちは、ただ足を洗う僕がいなくなることを心配してるんじゃなくて、僕のことを心配してくれているんだ。
だけど僕は、すごくお城に行きたいと思っていた。それこそが僕のやりたい仕事だからだ。
前の僕だったら、ここで、ヤマさんたちに気を使って、この話を断るだろう。少なくとも今すぐ返事をすることをしなかったと思う。だけど、僕はハタさんのところにいた時に、自分の気持ちをちゃんと伝えなかったことで、ハタさんに要らぬ気づかいをさせてしまったことを覚えていた。できないならできない、やりたいならやりたいときちんと伝えた方が親切だってこともあるんだ。だから、ヤマさんたちには悪いと思うけれど、僕の気持ちを伝えることにした。
「あの、僕、実はここに来る前に館に仕えるための勉強をしていたんです」
さすがに“執事養成学校”と言っても伝わらないと思い、ちょっと言葉を選んだ。だけど、それでも彼らにはピンとこないようだった。
「つまりですね、ひらたく言うと、お城に行ってみたいと思います。そういう仕事がしたいんです」
うまく伝わっただろうか。気を悪くしないだろうか。
言葉はただ伝われば良いんじゃない。その土地の考え方にあった伝え方があるはずだ。だけど今の僕には「そういう仕事がしたい」と言うことしかできない。ちゃんと伝わったかどうか、心配だった。