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今日もヤマさんのところで仕事をさせてもらった。その時カワさんのことを少し話したら、大笑いされた。
「そりゃ、ミツヒコみたいないい男がうろうろしていたら、引き留めたい女心さ。カワさんの気持ちよくわかるなあ」
「そ、そういうもんですか」
「女はよく働く男が好きだからな。それにミツヒコは若くて活きが良いし」
意味が分からない・・・でもまあ、好かれているらしいことはわかった。
その日もヤマさんのところで畑仕事をさせてもらい、帰る時になって気づいた。僕はポットにお湯を持っている。それでひらめいたんだ。
「あの、家に上がる時に足を洗わせてもらえませんか?」
「足を洗う?」
サンダル履きのここの人たちは、基本的に足は土で汚れている。ヤマさんなんか、たった今畑仕事を終えたばかりだから、足は土まみれだ。それを家の前の浅い川にドボンと入って、ばしゃばしゃ歩いて、そのまま玄関に入る。サンダルを脱いだらそこで手ぬぐいで足を拭くだけだ。きれいなのか汚いのかよくわからない。
仕事あがりだし、きちんと洗ったら気持ちが良いんじゃないかなって思うんだ。
「よくわからんが、まあ、いいよ」
ヤマさんがそう言ってくれたので、早速僕は準備をすることにした。
ヤマさんが川に入っている間に、一枚の手ぬぐい(ハタさんのところでもらった端切れ)を川の水で絞っておく。それからタライ(?のような入れ物)に水を汲んでおいた。
ヤマさんが川から上がって、玄関でサンダルを脱いだらそこに座ってもらって、まずはその水で絞った手ぬぐいで足を拭いた。案の定川に入っただけでは汚れは取り切れておらず、手ぬぐいは茶色くなった。でもこれでかなりきれいになった。
それからタライの水にポットのお湯を入れて、人肌より少しあったかくしたぬるま湯を作り、足を入れてもらった。
「そういえば、昨日も火事がありましたね」
「あ、ああ。砂漠のやつらな」
僕が話しかけると、気持ちよさそうに目をつぶっていたヤマさんが目を開けた。おっと悪かったかな。でも、ヤマさんは話を続けてくれた。
「ここから向こうは荒れ地があるって知ってるか? ああ、見たことあるか。あっちの方に、砂漠があるんだが、そこに住んでるやつらが来るんだよ。火事なんてしないで、食べ物分けてくださいって言えばいいのに、変にプライドが高いっていうか」
「そうなんですか。何か、対策とかしてるんですか?」
略奪だろうが泥棒だろうが、来るとわかっているのなら対策していた方がよさそうなもんだけど。
「そりゃ、こっちだって家を焼かれちゃたまらないからな。火を付けられる前に気付けばなんとかするが」
「そっか。夜中に来るから、どうしようもないんですか?」
「まあ、そうだな。それに、やつらには(`´)ノ_彡☆がいるからなあ」
「ソレなんですか?」
「え?ああ(`´)ノ_彡☆っていう動物っていうか、俺たちにとっては神聖な獣なんだけどよ。砂漠の民は(`´)ノ_彡☆を持つ権利があるから威張っているっていうか。それさえなけりゃ、誰も奴らに火を付けさせないさ」
聞いた感じ“カンミール”という神聖な動物がいるらしい。神聖だから手が出せないんじゃないだろうか。そんな感じがした。
足が洗えたので、お湯で絞ったタオル(これは僕が持っていたもの)で拭いておしまいにした。
「はい、終わりました」
「ほお~、なんか気持ちが良いなあ。あ、ちょっと待ってろ」
そう言って、ヤマさんは家に入ると、今日の報酬とは別に穀物袋を持ってきてくれた。
「え、良いんですか?」
「そりゃ、もちろん。労働の対価だ」
「あ、あの、ありがとうございます」
「なんの。またやってくれよ」
どうやら気に入ってくれたようだった。それは、人に足を洗ってもらうという行為もそうだし、お湯が珍しいかららしい。それに、ハタ屋の布と僕の持ってきたタオルの肌触りも良かったらしい。ハタ屋の布は、織り方によってかなり手触りが違うんだけど、今使ったのは、とても柔らかいものだから、足を拭くにはちょうどいいようだった。
ヤマさんはこの“足洗”をすごく気に入ってくれた。
気に入りすぎて、ご近所さんに自慢して回ったらしい。次の日仕事を探しにヤマさんの家の方に行くと、
「俺もやってくれ」
と、何人もの人に声をかけられた。
「じゃあ、今度お湯を持ってきますので」
と、その日だけでも5人の人と約束をすることとなった。ヤマさんに感謝だ。そうしたらヤマさんがこんなことを言った。
「しまった。軽々しく教えるんじゃなかったぜ」
「どうしてですか」
「だって、俺が足を洗ってもらいたいのに、ほかのやつらがやってもらうんじゃ、俺の番がこないじゃないか」
「なに独り占めしようとしてるんだ。俺たちだってなあ!」
と、ヤマさんはご近所さんたちに小突かれていた。
「あの、あんまりお湯を持ってこられないので、一日に2人まででしたら」
「2人いけるのか?じゃあ、こっちで順番作っておくから、明日から頼むな!」
と、なぜだかいきなり足洗を仕事にすることができた。これはかなり嬉しかった。いろんな人と接することができるし、人に仕える、って感じがするからだ。
もちろん、畑仕事も今まで通りするし、畑仕事が嫌いなわけじゃないんだけど、人の足を洗うって作業は、モロにその人に仕えるという感じがするじゃない。
何を言ってるのかわからなくなったけど、とにかく僕には僕らしい仕事が見つけられた。