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 家に帰ると僕はさっそく、ノムさんにもらった容器を洗った。いろんなものがあった。籐のような植物で編んだかご(これはごく一般的)、ガラスの瓶(ガラスだと思うけど、違うかもしれない)、陶器の壺、樹脂でできた箱。樹脂って言ってもプラスチックっぽくもあるし、ゴムっぽくもある。あとは金属でできた鍋や釜。木や竹のような固い植物でできているカトラリー類。

 ふと思ったのは、紙を見かけないということかな。

 識字率が低いようだから紙はあまり必要ないのかもしれないけれど、昔の日本のようにチリ紙とか障子紙とか、そういう使われ方すらしないようだった。

 さて、いくつかまだ使わない器を棚にしまう。そして、壺を机に置いた。

 それから洗ったプーラという実を壺に入れた。この実は硬くて、齧るとコリコリというかシャクシャクというか、そんな歯ざわりがある。味は甘みと酸味。どちらかというと酸味が強いサクランボを思いっきり固くして酸っぱくしたような感じの実だ。

 そこに砕いて小さくした塩をかぶせるように入れて、ふたをする。重石もする。

 ちょっと漬物をしてみようと思ったのだ。

 この村の人は、なぜか塩をあまり食べない。塩はたぶん、カールバーンが来たら買うんだろうけど、きっと高価だろうし、山の上は疲れるし、まあ、いろんな条件が重なって、高級品だからあまり食べようとしないんだ。だけど、この高温多湿だったら絶対に摂取した方が良い。だから、僕はちょっと漬物を作って、みんなに食べてもらおうと思うんだ。塩そのものじゃなければ、気軽にもらってくれるんじゃないかと思うんだよね。それに、(主食の)リーは米に似ているから、たぶん漬物とも相性がいいと思う。

 そんなことで、まずは漬物を作ることにした。

 こんなことやったことないから、成功するかわからないけれど、まずはお試しだ。やらないでいるより、何かやった方が良い。

 漬物ができるのが楽しみだ。


 その日の夜だった。

 真夜中にふと目が覚めた。何か鈴の鳴るようなきれいな音が聞こえた気がしたんだ。暗闇の中起き上がって耳を澄ます。

 リン……と聞こえたような気がした。

 だけど、それ以上は聞こえなかった。眠かったし、夢だったのかもしれないと、また横になった。

 横になって、目をつぶろうと思ったけれど、なんとなく胸騒ぎがした。

 もう一度起き出して、灯篭を持つと、サンダルを履いて外に出た。特に何もない。だけど、なにか空気が違う気がする。じっと遠くを見ていると、誰かが走っている足音が聞こえた。灯篭のほのかな明かりが向こうからやってくる。

 ノッチだ。

「ノムさん、ノッチ!」

 静かに声をかけたつもりだったけれど、こんな真夜中にはいつもよりずっと声が響くようだった。

「ミツヒコ!」

 ノッチの血相変えた顔を見てすぐにわかった。また火事があったんだ。

 僕たちはハタ屋に行き、機織り用の避難道具をすぐに持って、山に登った。エルビュの野原まで登って向こうを見ると、暗い空に煙が登っているのが見えた。

「火事、多いですね」

「カワさんのとこがやられた。次はうちかもしれん」

「え、カワさんの。大丈夫でしょうか」

「カワさん、逃げてたよ」

 ノッチがそう教えてくれた。だけど安心できない。僕は今まで火事なんて遭遇したことがない。身近な人にも火事にあったという人はいなかった。それが急に身近なものに感じられたからだ。何もかもを焼いてしまう火事、それだけでも恐ろしいのに、前に聞いた話だと、それは放火だというのだからもっと怖い。

 結局その夜はそれ以上の状況はわからず、僕は次の朝、カワさんを訪ねることにした。


 火事のお見舞いのつもりで、何かを持って行こうとした。だけど、なかなか思い浮かばない。なけなしの知恵を絞って、お湯を持って行くことにした。バックパックにポットが入っている。大した量は入らないけれど、熱湯を持ち歩ける。

 この村の人って“お湯”をあまり知らない。水分を摂るなら水を飲むし、温かいものは食事(鍋)のスープくらいだ。それで温かい飲み物をふるまおうと思った。でもさすがにコーヒー豆どころかインスタントの粉もない……バックパックを漁ると、ティバッグがいくつか出てきた。

 うん、これで良いかな。

「カワさん?」

 カワさんの工房に着くと声をかけた。カワさんは僕を見ると嬉しそうに立ち上がった。

「あの、火事があったって聞いて」

「それで心配してきてくださったの? ミツヒコさんが来てくれて嬉しいわ」

 見た感じ、工房はなんともなっていないようだった。

「燃えたのは住んでいる家の方でね、こっちは無事だったの」

「そうだったんですか。カワさんが無事でよかったです」

 本人も無事だし、工房があるからとりあえず住むところも大丈夫そうで、安心した。

「ね、ミツヒコさん、こっちへ座ってゆっくりしていってね。ささ、奥へ」

 カワさんは何やら、僕を奥へ引っ張っていこうとした。って、待って、なんかこの人僕のことを引き留めるよね。

「え、いえ。僕これから仕事に行くので!」

 なんか、女性にこんなに積極的に来られるとドキドキしちゃうよ。部屋の奥になんて通されたら帰れなくなっちゃう。

 なんというか、身の危険(?)を感じて、僕は慌てて工房を出た。

「じゃ、さよなら!」

「また来てね、ミツヒコさん。絶対よ、また来てね」

 カワさんが戸口から手を振っている。

 僕も控えめに手を振りながら内心大慌てでカワさんの工房を去った。


 ヤマさんの畑のところまで来て、息を吐いて思い出した。

「あ、お茶……」

 お見舞いをするはずが、逃げてきてしまっていた。



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