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カワさんの家の帰り道、ちょうど畑仕事を終えた人たちが帰る時間だった。
ノムさんの家の近くだし、久しぶりに顔を出していこう。実は少し前から、ノムさんに会ったら、今までお世話になっていたお礼をしようと思っていたんだよね。
ちょうど家の前でノムさんが帰ってくるところに出会えた。
「ノムさん!」
「ミツヒコじゃないか。どうだ、元気かい?」
「はい。こないだはありがとうございました。今日はお礼に寄ったんです」
そう言いながら二人で家に入った。ノムさんの家は、この辺りのごく一般的な家だと思うけれど、今僕が住んでいる家から見ると豪邸のようだ。たくさん人が住めるし、中庭も立派だ。
居間に入って座り、ポケットから岩塩を取り出した。
「あの、これ、お礼です」
「なんのお礼だい? ミツヒコは( ・_・)_θ☆はないじゃろう?」
( ・_・)_θ☆っていうのは、たぶん、借りとか負債とかそういう意味かな。払わなきゃならない対価ってところだろう。
「じゃああの、気持ちです」
「気持ち?」
どうだ。これは日本的な考え方かもしれないけれど、やっぱり親切にしてくれた人に感謝の気持ちを伝えたいよね。誰かに何かをあげるってことは、相手のことが好きだってことが前提だもん。そういう気持ちなら伝わると思うんだ。
ノムさんは、嬉しそうにうなずいてくれた。よかった、伝わったようだ。
「これはなんだい?」
ノムさんに手渡したのは、ゴルフボールくらいのサイズの岩塩だ。
「塩です。僕の住んでる家の裏山にあったんです」
そういうとノムさんはそれをペロっと舐めた。それから少し驚いたような顔をして、僕のことを見た。
「ミツヒコや。お前はよくわかっていないかもしれないがね、こんなに高価なものは、軽々しくあげちゃいかん。この塩だと、穀物袋を30、いや50個分と同じ価値がある。お前さん、誰かから穀物袋50袋を“気持ちです”って渡されたらどうだね、困るじゃろう」
「え、そんなに?」
まさか、塩にそんな価値があるとは思わなかった。
「塩はここらじゃとても貴重なものだ。たとえば一日の報酬の対価として塩で支払うならば、この岩塩を細かく砕いてリー(米粒みたいなもの)くらいの大きさで一日分だと考えると良い」
「でも、裏山にたくさんあるんです。なんでみんな採りに行かないんですか?」
これは前にもハタさんに聞いたけど、単に山登りが好きじゃないみたいだった。だけどこんなに価値のあるものだったら、好き嫌いじゃなくて岩塩のために上る価値があると思うけどなあ。
「山なぞ、よほどのことがなければ誰も登らないもんじゃよ。疲れるばかりだからなあ」
うすうす気づいていたけど、ここの人たちは、すごく疲れやすい。
それは考えれば当然のことで、この村は高温多湿なんだ。そのくせ、塩分を摂取する量が少ない。僕が思うに、塩分不足だと思うんだよね。なおさら岩塩を取りに行くことを推奨したい。
でも、そういう考え方が根付いてしまっているのなら仕方がない。何か考えて、僕が安く(ここ重要)塩を提供できたらいいかもしれない。
「わかりました。でもその塩は、せっかく採ってきたので、使ってください。その代わり、もしよかったら、少し生活用品を分けてもらえませんか?」
「生活用品か、よしよし。なんでも言いなさい」
知らなかったとはいえ、あんまり高価なものをあげちゃって、逆に相手に気を遣わせることになってしまったから、ここは色々甘えることにした。
一日の畑仕事の報酬は、だいたい穀物袋半分から一袋くらい。僕は布を織っていたこともあって、食べ物は結構潤沢にあるんだ。
だけど、日用品はあんまり持っていない。
消費してしまう食べ物よりも、ずっと使える雑貨のほうが価値があるから、日用品をもらえるのはとても助かる。ノムさんにとってもこのやり取りでよかったみたいだ。
この家ではあまり(家族が多いから)使わなくなった、小さな食器類やちょっとした籠とか瓶とかの入れ物をたくさんもらった。
こういうのを作る人もいるんだろうけど、あんまり見かけない。
もしかすると、カールバーンが来た時に買ったものかもしれない。そういえば、カールバーンから物を買うにしても、お金はどうするんだろう。やっぱり物々交換なんだろうか。その場合、この村にしかないもののほうが価値があるだろうから、そういうもので交換するんだろうけど、それは一体どうしたら良いんだろう。
生活には困らなくなってきたけれど、自分の“財産”ってなんなんだろうな。