表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/66

22



 自分の布を織り終わって、衣服ができても少しの間はハタさんの仕事を手伝っていたけれど、僕は独り立ちしたいという希望があった。

「ハタさん、相談があるのですが」

 その日の仕事を終え、夕食をとった後、僕はハタさんに切り出した。

「うん、そろそろ言う頃かなって思っていたわ。無理を言って今まで手伝ってくれて本当にありがとう。これからどんな仕事をするか決めているの?」

 ハタさんはわかってくれていたようだった。前のように引き留めたりはしなかった。

「はい。僕は人に仕える仕事がしたいんです。この村の人たちと触れ合って、何か助けになることをしたいと思っています。それは畑仕事をしている人から見れば生産性のない仕事かもしれませんが……できるところまで、やってみたいんです」

 まだ具体的に何をするかも決まっていないのに大きな口をたたけないけれど、やっぱり僕は人が好きだ。それは早くに両親を亡くしたせいかもしれない。誰かにとって必要な人でありたいと思っている自分がどこかにいる。それで僕は家と人に仕える執事を目指していたんだ。

 とはいえ、この村で執事は無理そうだから、ちょっと見方をかえて、村と人に仕える仕事はないかと考えている。

「そう。だったら住むところはどこでも良いわよね。もしよかったら、私の父が住んでいた家に住まない? 一人住まいだったら十分な広さがあるし、人が入ってくれると家が傷まないから助かるし」

「空き家があるんですか?」

 それは願ったりかなったりだけど、良いんだろうか。

「今までここで働いてくれたぶん、家賃はいらないわ」

「いえ、そんな。だってすでに今までの分はいただいていますから。何か」

「いいのよ。住んでくれるだけでも助かるんだから」

 ここで働いた分は、すでにいくつか布をもらっていた。お客さんに渡すには少し難がある布だけど、ちょっとしたところに使うなら問題ないものばかりだ。だいたい、この村では布は貴重品なんだから、少しくらいほつれたところがあったって、むしろそれでもありがたいんだ。報酬の対価としては十分すぎるほどにもらっているのに、さらに家賃もいらないなんて。

「無理しなくていいのよ。家具やなんかはあるけど、一人で暮らすなら色々要るものもあるだろうし、自分の親だと思って頼ってくれたら、嬉しいのよ」

 なんか似たようなことを前にも聞いた。

 ハタさんは単に世話好きなんだと思っていたけれど“頼られる”ことも嬉しいらしい。でもなんかわかるな。頼られるってことは信頼されているってことだもんな。だから、ここは素直に甘えて頼っていいんだ。

「助かります。ありがとうございます」

 素直に礼を言うと、ハタさんは嬉しそうな顔をした。

「暇があったらいつでも手伝いに来てちょうだい」

「はい」

 手伝いにくることは本当にハタさんの助けになる。お互いに頼り、お互いに相手のために何かをする。

 僕には両親はいないから、ハタさんをお母さんだと思って親孝行できると思うと、僕も嬉しかった。


 次の日、僕は引っ越しをすることにした。と言っても、新居はハタさんちの隣だ。今まで気づかなかったけれど、本当に隣り合わせに、小さな家が建っていたんだ。

 ハタさんが案内してくれて、引っ越しはすぐに終わった。まあ、荷物なんてほとんどないんだけどね。

 せき止めていた川の水を家の前にひいてきて、それで完成する。どこの家の前にも川はひかれていて、サンダル履きのまま足をつけて砂を洗い流して家に上がるというのがこの村のやりかただ。僕も衣服と一緒にサンダルを手に入れた。(ハタさんにもらった)

「ミツヒコ―」

「あ、ノッチ」

 新居には当然のようにノッチが遊びに来た。ノッチは今までどおり、ハタさんのところに手伝いに来るから、気軽に会える。最初ノッチは僕が引っ越すと聞いて騒ぎ出しそうだったんだけど、家が隣と聞いて安心したみたいだった。

 さて、今日から一人暮らしだ。

 夕食はハタさんと食べたけど、夜は一人。

 久しぶりの一人の夜だった。

 持ってきたバックパックを開けてみる。大切なものはここに入れておいて本当に良かった。とはいえ、この村では使うことはないけどね。小さなLEDの懐中電灯も肌触りの良いいろんなサイズのタオルも、もちろん銀器磨きのセットも、結局この村では使っていない。

 手帳を出して、挟んである両親の写真を久しぶりに見た。この写真を見ると、僕が本当はセバスチャン・光彦・オブライエンだってことを思い出せる。僕は誰なのかわからなくなるけれど、父さん母さんは本当にいたんだ。僕は日本とイギリスにいたんだ。

 だけど、さようなら。

 僕は、ただのミツヒコ。

 それでいい。

 だけど時々は、こうやって父さんと母さんを思い出す。昔のことを思い出す。そんな日も、あっても良いと思う。




いつもお読みくださりありがとうございます。

今まで毎日更新してきましたが、次回より少しゆっくりになります。

引き続きお付き合いいただければ幸いです。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ