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火事騒ぎがあって少しざわざわしたけれど、仕事は待ったなしだった。
朝になると僕はまたエルビュを摘みに行ったし、ハタさんはお城の布を織った。さすがにノッチは次の日はお休みしたので、ノリーナさんも家でノッチをみていて、仕事に来られなかった。
ノリーナさんがいなかったこともあり、僕はハタさんの織りの仕事を手伝った。
機織りはたぶん、どこの国でもだいたい同じ要領なんじゃないだろうか。機織り機の大きさは文化によって違うんだろうけれど、経糸に緯糸を通していく作業は万国共通だと思う。ただし、ハタさんのやり方では足がかなり重要っぽくてペダルがいくつかあった。
とにかくハタさんの作業を手伝いながら見ている限り、かなり忙しそうだった。でもさすがにずっと見ていたら織り方もわかってきた。
「ハタさん、砂漠の民のことなんですけど」
少し仕事に余裕ができたので、ちょっと世間話というか、この世界のことを知りたくて聞いてみた。
「ああ……ミツヒコはどこから来たんだっけ?」
手足をせわしなく動かしつつも、ハタさんは嫌がらずに話を続けてくれた。
「僕は、日本、いえイギリス、いえイタリアから来たんです。たぶん、すごく遠いところです」
「ニホンねえ。全然聞いたことないけれど、まあいいわ」
ハタさんは日本のことを知らない。だから、僕が砂漠の民のことを知らないということがわかったようだ。
「砂漠の民の説明の前に、ここら辺のことを少し話しておこうね。まあ、私もあんまり詳しくないけど。
昔はね、人は誰も働かなかったの。働かなくても、木の実を採って生活ができたから。だけど食べ物はそれでもいいけれど、子どもを育てたりする必要があったから、女の人は子育てという仕事をしていたのよ。子どもを育てるためには、食べ物だけじゃなくて、着るものが必要になるから、布を織る文化は昔からあったの。でも、男の人たちは全然働かなくてね、今でもその暮らしを続けているのが、砂漠の民なの。
私たちの先祖は、ここと砂漠の間にあるもっと爽やかなところに住んでいたんだけど、だんだん家族が増えてきたので、離れて暮らすことにしたの。その時“井戸丸の12人兄弟”でくじをひいて、私たちの祖先であるデュウの一族は今のこの土地に来ることになったわけ。この土地は“荒れ地の果て”とも言われるくらいであまり植物がなかったことから、デュウは民に働くように指示したの。だから私たちは誰でも生きるために仕事をするようになったの。
だけど、砂漠へ行った一族は相変わらず働くことをしないで、食べ物がなくなるとほかの兄弟の土地へ行って貰うようになった。それがだんだんとひどくなって、今では火をつけて気を反らしているうちに盗むという方法をとるようになったのよ」
「もともとは親戚だったんですか」
「まあ、かなり昔のことだから、今はあんまり似ているように見えないけれどね」
これを聞く限りだと、僕が王様のお城って考えていたのは、もしかすると違うかもしれない。王様じゃなくて、どちらかというとリーダー的な感じなのかな。異文化を知るのって、言葉だけじゃなかなかわからないものだなあと実感した。
「ミツヒコのいたところはみんな働くんでしょ? その服はどんな人が作っているの?」
「え、服? どんな人がと言われても」
ハタさんは、さすがに服とか布とかに興味があるんだなあ。
「自分で作ったの?」
「え、いえ。交換したんです」
買った、と言えなかった。僕はこの村のお金を知らないし、売り買いというのは見たことがない。労働の対価はみんな物品だから、どちらかというと買うというよりは物々交換だからだ。お金がないから、お店もない。これを伝えるのはとても難しかった。
「ああなるほど。つまり、誰かがお金の管理をしていて、それが労働の報酬になっているってことね? それで、品物が集められたところでそれと交換するってことね?」
でも一応“お金”という概念はあるようだった。
「はい、まあ。そんな感じです」
「みんなが仕事をしていて、しかもいろんな仕事があるみたいねえ。ミツヒコは大人になったらなにになりたかったの?」
「僕は今まで勉強をしていて、これから人に仕える仕事をするところだったんです」
「人に仕える? 手伝いってこと? じゃあ、今と同じね」
ハタさんは笑った。
「うーん、まあ似てるっていえば似ていますけど、もっとたくさんの人と親しくなるというか」
執事ってなんていうんだろ? ていうか、そういう概念がなさそうだ。僕があいまいな顔をしているとハタさんは話題を変えた。
「じゃあ、なんでこの村に来たの? 森で迷子になったって言ってたけど、なんで森に?」
どこから見てもよそ者の僕だけど、なぜかこの質問をされたことはない。もしかすると初期のころに聞かれたのかもしれないけど、僕がわかっている中では聞かれたことがなかった。でもなあ、答えようがない。
「あの、よくわからないんです。ここがどこかもわからないし、どうやって来たのか、なんで来たのか。気が付いたら森にいたのをノムさんが助けてくれたんです」
「ふうん。不思議なことだね」
ハタさんは考え込むように、少しの間黙っていた。僕ももくもくと作業をする。
それからハタさんはぽつりと言った。
「ずっとここに居て良いんだよ。ここがミツヒコの故郷になるなら、私も嬉しいから」
ギッタンバッコンと機を織る音が響く。
「あ、ありがとうございます」
嬉しい言葉だった。僕には故郷がない。両親はいないし、日本とイギリスの血がまざっている僕は、ある意味どっちの民族にも属していない。それどころか、そのどちらも知らない土地にいるんだ。根無し草のような僕のことを、何も言わずに受け入れてくれる。そして、ここを僕の故郷と思うことが、ハタさんにとっても嬉しいだなんて、その気持ちが嬉しかった。