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お城の布の整経ができると、次はいよいよ緯糸を通す、つまり布を織る作業となる。これはさすがに一人でやる作業なんだけど、はじめのうちはハタさんが機を織るのを見学させてもらった。
「よく見ててね、手でこうしたら、足をこう。で反対からこうして、足をこう、でこれをこう」
と、ひとつひとつ丁寧に教えてもらった。
一度だけ。
え、一回だけ?
その一回を丁寧に教えた次の瞬間から、ハタさんの本気モードの機織りが始まり、作業が早すぎて何をやっているのかわからなくなった。
カッタン、トントン、カラカラ、トントン、ギイ、トントン……
うん、はやい。
手。足。手、手。足。あー…なんとなく、わかったぞ。
「こんな感じ。じゃあ、ノリーナはここにいて、糸を繰ってちょうだいね。ミツヒコはそっちでいつもの広さで整経してごらんなさい。ノッチ、手伝ってあげてね」
「はーい」
それぞれ仕事を言いつかったので返事をして、それぞれ取り掛かった。
って、え。
僕ひとりで、整経作業を? 大丈夫なんだろうか。売り物だよね? そしたらなんか申し訳ない。絶対にハタさんが作る物とはクオリティが違うだろう。
いやでも、そんなことばかり言ってられない。ハタさんは忙しいし、布を待っている人はたくさんいるんだから。できることは頑張ってやろう。
「ノッチ、行こう」
「うん」
ノッチも整経作業がどんなことなのか、もうちゃんとわかっていた。自分たちで糸をとって、持ち場につく。
「じゃあ、僕こっちからやってくから、ノッチもそっちやってくれる?」
「うん」
こうなったら、ノッチに全面的に頼ろう。
「ミツヒコ、これはこう?」
「そうそう」
ノッチは上手だ。決して早いわけじゃないけれど、確実に仕事を覚えている。安心して任せられる。とはいえ、僕が少しやったら、ノッチのをチェックしに行った。
「うん、上手」
「えへへ」
ノッチの作業に感心しながら、自分の作業に戻る。向こうではトントンと機を織る音が小気味よく響いている。
♪~~~
それに合わせるように、ノッチが何か歌を歌い始めた。
ああ、歌はどこでも歌なんだな。僕は音楽には詳しくないけれど、日本の歌とはちょっと違うように感じた。だからと言って、イギリス風というのもわからないけれど、ノッチが口ずさんでいるのは、素朴な、うららかな風がのんびりと流れるような歌だった。音の高低があんまりなくて、ゆったりと流れる歌。どこか懐かしさを感じる歌だ。子どもならではの素直な声。それがまっすぐに僕の胸に入ってくる。
♪みちはどこからきているの
おそらはどこまでつづいているの
みえないところでも
わらっているひとがいる
みんなみんな、わらっている
くもはあめをつれてくる
かぜはにおいをもってくる
しらないところでも
わらっているひとがいる
みんなみんな、わらっている♪
楽しそうな節に“笑っている”と語られる歌詞。楽しいはずなのに、僕は故郷を思い出さずにはいられなかった。
この村の空と、僕のいたところの空は、きっとつながっていない。僕がいなくなったところで、みんなは笑っているだろうか。幸せでいるだろうか。そう考えたら懐かしさを通り越して切なくなってしまった。
僕がいなくなったことで悲しまないでほしい。僕のことなんて忘れてくれてかまわないんだ。だけど、僕は忘れない。親切にしてもらったこと、楽しかった日々、みんな宝物だ。忘れられない。もう会えないことはわかっている。わかっているけれど、できることならもう一度会いたかった。ありがとうと言いたかった。
「ミツヒコ?」
僕の涙にびっくりして、ノッチが歌うのをやめてしまった。
「なんでもないんだ。ノッチ、いい歌だね」
涙を拭いて笑って見せた。なんでもないふりをして、整経を続ける。
ノッチの歌は、僕に故郷を思い出させたけれど、僕が過去を振り切るための歌かもしれない。だって、見えないところでも笑っているって歌ってくれた。きっと、僕の大切な人たちは笑っている。幸せでいるはずだ。だから僕も、時々は思い出して寂しくなるけれど、みんなが幸せって信じて、そして、少しずつ過去のことは忘れればいいんだ。ノッチの歌に励まされて、僕は忘れられる。
「ノッチ、また歌ってくれる?」
「うん」
ノッチは少しの間、僕のことをじっと見ていた。
本当になんでもないんだ。ノッチ、ごめんね。ありがとう。