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僕の本心をハタさんが向こうで聞いていたのを僕は知らなかったけれど、その本心はハタさんが知りたいことだったらしい。そりゃそうだよね。ハタさんは弟子が欲しいのはもっともだけど、無理強いしてまで欲しいとは思っていなかったんだ。それを僕がつい、遠慮したというか(こういうところが日本人的な考え方だよね)悪いと思ってしまって、断り切れなかったから、ハタさんも僕に対してどう踏み込んでいいのかわからなかったんだろう。
僕の本心を聞いたハタさんは、僕の弟子入りをきっぱり諦めてくれていたようだった。
「ミツヒコ、これからはノリーナも毎日手伝いに来てくれることになったわ」
気がつくと、僕とノッチの後ろにハタさんが来ていた。そしてノリーナさんが「よろしくね」と笑顔で小さく礼をしていた。
「あ、そうなんですか。よろしくお願いします」
「ノリーナが弟子入りしてくれることになったの。ノッチもね」
「ノッチもぉ?」
ノッチが嬉しそうに笑っている。良いのか、こんな小さな子を弟子入りって!?
「だからあなたは、気にしなくていいのよ。まあ、あなたがどうしても弟子入りしたいっていうんだったら、考えてあげるけど」ハタさんはさっぱりと笑いながら言った。
「あ。ありがとうございます」
そうだったんだ。
僕のためだ。
ハタさんもノリーナさんも、僕のためにそう決めてくれたんだ。
ここにきてやっと、僕はちゃんと自分の気持ちを伝えなければならなかったことに気付いた。ノッチに語ったことをハタさんたちが聞いていたこと、それは本当はハタさんに面と向かって伝えなければならないことだったんだ。お世話になっているからこそ、ちゃんと言わなきゃいけなかったんだ。
「ただ、家のこともあるから住み込むことはできないの。今まで通り、ここにはミツヒコが住んで、私たちは通ってくるからそのつもりでいてね」
「あ、もちろんです」
ノリーナさんは家庭があるからな。住み込みが無理なことはわかった。
早朝のエルビュ摘みなんかは、住み込んでいたほうが都合が良いとは思う。まあ、ノッチは毎日走ってくるけどね。
「一気に人数が増えて本当に助かるわ。これで今日から、お城の注文にとりかかれるわ」
ハタさんが立ち上がりながら言った。本当にこの人はじっとしていない。まあ、じっとしている暇はないんだけどね。
「お城の注文ですか?」
だいぶわかってきたぞ。向こうにあるのは領主のお城だ。どうやらそこから注文が入っているらしい。
「幅も長さも大きくて、織りの難しい布を頼まれているのよ。早速頼むわね」
「はい!」
僕たちはハタさんの指示に従って作業にとりかかった。
ノッチは糸を紡ぐ作業。
ノリーナさんはハタさんに習いながら、糸を点検しながらボビンに巻く作業をすることになった。僕はその機械を動かす役。こういう力仕事は男の仕事だからね。と言っても、僕よりハタさんの方がどう見ても力がありそうだけど。人数が増えたから、複数のボビンを使って一気に巻くことができるし、手の長さも必要だから、やっぱり力仕事は僕の役目のようだった。
糸を点検するのはかなり慎重にしなければならないらしい。
「良い? 糸は絡むもの。切れるものってことを念頭に置いてね。絶対に切れないで巻ききることはできないから、そのつもりでやれば見落としはないわ」
「そうよねー。その絡むのが嫌なんだけどねえ」
「そりゃそうよ~」
おばちゃんたちの世間話のような感じだけど、これはとても大切なことだよね。
僕はハンドルを回す役だからそんなに慎重になる必要はないけれど、切れたり絡んだりした糸があったらすぐに機械を止めなければならないから、やっぱり気を付けていなければならないよな。
僕はこういった糸や布のことは全然知らないけれど、このエルビュという材料はとても使いやすいように感じた。
シルクや羊毛だったら水にぬれると縮んだりするはずだ。だから最初に煮込んでおいたりするって聞いたことがある。それに羊毛は羊の油が付いているから、それを洗い落とすのが大変とか言うし、木綿だって綿花をほぐすのは意外と手間がかかる。
綿花をほぐすのは、子どものころやったことがある。こぶし大の綿花は思ったよりもずっとギュっと詰まっていて、それをほぐしていくとふわふわでかなり量があるんだ。あれは面白かったけれど、この量をいちいちほぐしていたらそれだけで日が暮れて朝になってしまうだろう。
シルクだって、まずは繭をゆでなければならないし、そこから細い糸を取るのはきっと大変だろう。
ところがこのエルビュという材料は、とりあえず手で揉めばすぐに糸状になって、まあ、多少は撚ったりするけれど、糸巻きはそんなに難しい作業ではない。(ハタさんが言うには、本当は難しくて僕とノッチは例外的にうまいらしいけど)それに、下準備として煮込んだりすることはしなくて済むのが最大の魅力だ。
エルビュのあるところでよかったな、なんて呑気に考えながら、僕は重いハンドルを回し続けた。