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ハタさんの家に住み込んで手伝いをしていて、やればやるほど、仕事の多さ大変さがわかるようになった。ハタさんが、弟子入りを熱心に勧めてくる気持ちもよくわかる。
「ハタさん、いる~?」
その日の朝、ノッチと一緒にノリーナさんがやってきた。
「あらあ、ノリーナ。来てくれたの? じゃあ、さっそく頼むわ」
ノリーナさんの姿を見ると、ハタさんは有無を言わさずに仕事に引っ張り込んだ。そりゃそうだ。仕事はたっぷりあるんだから。
糸を紡ぐところから、整経にもっていくまでだってかなりの仕事量なんだ。今日は織りを教えてくれるところだったけれど、ノリーナさんがいるなら、僕とノッチは糸を紡ぐ作業で良いし、その先の染めやらボビンに巻く作業(なんていうかは知らないけど、2工程くらいはあるように見える)をやればいいんじゃないかな。なんて、僕が仕切ってるわけじゃないからそこはよくわからないけど。
まあ、僕が思った通り、その日は僕とノッチは糸を紡ぐ作業にとりかかることになった。
「ねえノッチ? ノッチはお友だちと遊びに行かないの?」
作業をしながらおしゃべりをするのは、いつものことだ。一人で黙々と作業をするのも楽しいけれど、僕はやっぱり誰かと話すのが好きだ。
「おともだち? ミツヒコはお兄ちゃんでおともだち」
「あはは、それは嬉しいな。でも、ここにきたら仕事ばっかりで、ごめんよ。本当は遊んであげられたら良いんだけど」
ノッチの糸をかけるのを手伝ってあげながらそう言うと、ノッチは大きな目をくりくりとさらに大きく見開いて、それから笑った。
「おしごと、楽しいもん。あのね、ミツヒコとおしゃべりできるから、いいの」
「そうなの? 僕もノッチが来てくれると楽しいよ。それに言葉も教えてくれるし」
「おしえてなんてないよお」
ノッチは笑っているけど、本当は教えてもらってるんだな、これが。子どもの会話は難しくないから、言葉を覚えるのにぴったりだ。それに同じ作業を繰り返しているから、言葉も繰り返す。頑張らなくても覚えられるんだ。
ハタさんとノリーナさんも、向こうで会話をしているようだった。
「ノッチは本当に上手なのよ。今やってることだって、みんな難しいって言うけど、ノッチは最初からちゃんとできていたのよ?」
「まあ、そうなの? でも、無理よ。私は不器用だし。この作業くらいしかできないわ」
「全部ができる必要はないのよ。ここの作業だけだってすごく助かるもの。ね、ノリーナ、お願いよ」
「でもねえ」
あれはきっと、弟子入りの勧誘だ。
ノリーナさんは前にも時々手伝いに来ていたらしいし、今もたぶん畑仕事のほうがひと段落したのか、こうして手伝いにきたのだろう。ノッチが毎日のように来ているから、様子を見に来たのもあるんだろうけど。
本当は僕がずっとこの仕事を手伝えればいいんだけど。こうなると、断るのは悪いだろうか。
「ミツヒコ? どうしたの?」
ついぼんやりしていたらしい。
「なんでもないんだ。ただ、僕はこれからどうしたらいいのかなって、考えていたんだ」
「これから?」
「うん。ああ、ノッチは、大きくなったら何になりたいの?」
「大きくなったら? おとなになるよ。ママになるよ」
なんかちゃんと伝わってない気がする。将来の夢ってなんて言うんだろうか。それとも、そんな感覚はないのかな。職業を自由に選べる環境じゃないのはわかる。だいたい、この村の人は農業をしているし。
「そうだよねー、大きくなったら大人になるよね。みんな、大人になるよね」
「ミツヒコは? おとなになるの?」
「あはは、僕はもう、大人だよ?」
「もうおとな?」
あれ? そう見えないかな。ていうか、もしや、大人の定義が違うか?
「僕はね、前に住んでいたところで、執事の勉強をしたんだ。この国でそれをなんていうかは知らないし、もしかするとそんな職業はないかもしれない。
だけど僕は主人に仕えて、その主人のすべての物に仕えて守る仕事がしたい。すべての物って言っても、たんなる物質じゃなくて、主人の家や仕事、家族や友人、すべてにおいて僕が助けになるような、そういう仕事がしたいんだ。僕のいた国の執事っていうのはね、信頼される尊い仕事なんだ。小さなことに忠実な執事は大きな仕事も任される。僕はそんな、立派な執事になりたい」
カラカラと糸を紡ぐ音が響いている。ノッチには難しい話なのに、つい熱を込めて話してしまった。ノッチだったから言えたのかもしれない。こんなこと、こんなにお世話になっているハタさんには言えないことだ。
だけど、僕は向こうの部屋でハタさんが僕の言葉を聞いていたなんて、知らなかった。