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異世界転移していたらしい僕の執事ライフ  作者: marron
イタリアではないと気づく
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 朝、晴れていれば、だいたいノッチはハタさんのところに来て、僕と一緒に山へ行くようになった。エルビュという材料は、どうやら虫の巣ということだ。エルビュは繊細なバッタみたいな虫で、紫色をしている。一緒に原っぱに行ったときにノッチが教えてくれた。


 とはいえ、ほぼ毎日ノッチはくるけれど、来ない日もある。天気が怪しい日は来ないし、6日に一度はまったくハタ屋に顔を出さない日がある。

 それで気づいたけれど、一週間じゃなくて5日働いて1日休みという6日周期で働いているような気がする。季節がないからいまいち暦はわからないけれど、この村の人はそんな感じで働いているようだった。

 ただし、ハタ屋は休日がない。

 僕が申し出れば休ませてくれるけれど、ハタさんの仕事はとにかく忙しくて、ハタさんの布を待っている人はたくさんいる。僕の布だって一年待ちだもんな。休日返上で働いている理由がよくわかった。

 とまあ、そんな感じでノッチの来ない日は、僕は一人で山に行った。


 ノッチがいない日は、いつもは行かない上の方へ行くことが多い。この山は木の生えている部分の向こうに、岩山のようなところがあるんだ。実はそっちへ行くと、ものすごく景色が良い。ただし足場はあまりよくないので、ノッチを連れてくるのはためらわれる。だから一人の時しか行けないんだ。

 岩場のあるところを超すと、また木が生えていて、その向こうには広い原っぱがあって、そこにもエルビュはたくさん生っている。日が当たって草があればエルビュは採れるから、一人の時はいろんなところへ行った。

 景色を見ながらひとりで過ごす山の上。

 ふと僕が居た、あの世界を思い出す。ここへ来ると、僕は帰れないところへ来てしまったことを実感し、そして友人たちのことを思い出す。

 親のない僕のことを助けてくれた友人。優しくしてくれた親戚。将来のことを心配してすべてのことを教えてくれた先生たち。どうしているだろうか。

 帰りたくないと言ったらうそになる。彼らに会えないことは、実は、とてもつらい。

 だからと言って、帰れるはずもない。ここがどこかもわからないし、きっと帰る道はないだろう。それは、この山を見てから確信となった。ここはきっと、世界が違う。

 それに、もし帰れたとしたら、もう爺さんやノッチには会えないだろう。何か隔たりのある世界だから……僕は、この村の人間になった。そう思うしかない。

――さようなら。

 山に入ると、僕は思い出のひとつひとつに別れを告げた。


 岩山を歩いていると、キラリと光る白い岩を見つけた。少し影になっているはずなのに、光っている。

 近くへ行ってみると、そこは岩のようではなかった。

 もっと白い、少し赤みがかった部分のある、透明感のある……結晶のようなものが光っているのだ。

 これは、見たことがある。

「もしかして」

 僕はそばにあった尖った石を打ち付けて、それを少し削った。そして口に入れた。

 考えていたとおり、それは塩だった。久しぶりに感じる塩辛さ、少し苦さすら感じて唾液が口の中にしたたってきた。

「岩塩だ」

 思わずガッツポーズをしそうになるくらい、嬉しい発見だ。すぐに尖った石で何度もそこを削り、いくつかかけらを採った。

 この村に来てから気になっていたこと。それは料理の味付けだ。

 不味いわけじゃないんだけど、なんとなく物足りない味付け。そう、塩気がないんだ。基本的に酸っぱい味の料理が多くて塩気が足りない。でもそれは、仕方がないことだった。だいたい、塩は手に入らないんだ。海が近くにある気配もないし、どこかと交易しているような感じもない。もしかするとあるのかもしれないけれど、僕が見る限り村の人は基本的に自給自足で自分たちの食べ物は自分たちで作っている。塩がどこかから手に入るようなことは見たことがなかった。

 だけど、ここに塩が!

 もしや僕しか知らないんだろうか。この山に塩があるってこと。

 そうだとしたら、これはみんなに知らせた方が良いだろう。だって、この高温多湿の村で塩が手に入るなら、きっとみんなの役に立つ。

 体のためにもそうだし、味付けだけじゃなく、食料の保存でも使えるものだ。

 ざっとこのあたりを見渡しても、かなりの量の岩塩がある。

 とりあえず、いくつかのかけらをポケットに入れて、僕はハタさんの家に戻った。


 家に戻り、糸の材料エルビュを置いて、糸を紡ぐ前にハタさんを探した。

「あの、ハタさん?」

 すでに今日の作業にとりかかっているハタさんに声をかけた。

「おかえり、ミツヒコ。どうしたの?」

「実は」僕は岩塩を見つけたことをハタさんに伝えた。「これがそれです」

 手のひらに岩塩のかけらを乗せて見せると、ハタさんはへえ~と言いながらうなずいた。だけど、手を出してそれを取ろうとはしなかった。

「それはミツヒコが見つけて、ミツヒコが持ってきたものだから、あなたの財産よ。何かが欲しい時に誰かに支払いができるように、大切に持っていなさい」

「え、でも、塩ですよ? みんないるでしょ?」

「そうよ? 野菜でも塩でも同じ。あなたが採ってきたならあなたの財産」

 ん~? なんかよくわからない、その考え方。だって、あの山の塩は誰の物でもないじゃないか。

「でも、塩はみんなのものですよね?」

「あなたが採ってきたんだから、あなたの財産よ」

 ハタさんはまた同じことを繰り返した。

 まあ、僕が採ってきた分は僕のものっていうのはわかるけど、山の物はみんなの物なんじゃないの?

「ミツヒコ、あなたは良い子ね。でも、山の上まで塩を採りに行こうと思う人っていないのよ。みんな自分の仕事があるんだもの。だから、あなたが塩と何かを交換したいって言えば、みんな喜んで交換してくれるわ」

 そういうものなんだろうか。僕が腑に落ちない顔をしているのを、ハタさんは笑ってみていた。




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