13
ハタさんの家に戻ると、家の前にノッチが立っていた。
「あら、ノッチ、おはよう」
朝早くに出たから、ちょうどいつもノッチがここに来る時間に戻ってこられた。
「どこ、いってたの」
「お山に行ってたのよ。ほら、材料採りに」
ハタさんは背負っていたかごの中身を見せてあげていた。それを見つつもなんとなく機嫌の悪そうなノッチ。ていうか最初からへの字口だったのが、さらにへの字に。
「ノッチもー、ノッチもおやまにいくのー」
ああ、そうか。一緒に行きたかったんだな。そんなへそ曲げた顔をしなくてもいいのに。あ、そうか。一緒に行きたいっていうよりも……
「ノッチ、ごめんよ。ここに来たら僕たちがいなくてびっくりしちゃったんだね」
「うん」
やっぱりそうか。
まだわりと早い時間なのに、誰もいなかったらそりゃ驚くよな。
「ミツヒコ、こっちに運んでちょうだい」
「はい!……ノッチ、あっちに行こう。今日はハタさんが早く出発したけど、今度は一緒にお山に行こうね」
ノッチの手をつなぎながら、ハタさんのところへ向かうと、ノッチはコクンと頷いた。
「ノッチはお山に行ったことあるの?」
ノッチは首を横に振っている。そうか、行ったことないのか。
特に危険な道のりでもないし、ノッチを連れて行っても問題ないと思うけど、子どもは行かない場所なのかな。
ハタさんはミシンのような機械の前に座っている。
「ちょっとやるから、見て覚えてね。まずは、こう。手のひらの部分でよく揉むようにして、このくらいになったら……こうして、ここにひっかけるの。それから、ここを回して、こう」
どうやら、この材料を糸にするらしい。
そうか、布を織るだけじゃなくて、材料を採ってきて、それを紡いで糸にするところから全部ハタさんがやってるのか。
僕はハタさんが座っていたところに座って、言われた通りに作業を始めた。
「そうそう、上手。ミツヒコは器用ね」
「ノッチもぉ」
今日はなんだかご機嫌ななめのノッチが、僕の膝を叩いている。
「ノッチもやってくれるの? じゃあ、はい」
ハタさんはノッチにもやらせてくれるらしい。って、この作業結構難しいんじゃないか?
ノッチは僕の隣に座って、ハタさんに渡された材料を両手のひらで揉んでいた。それから、さっきハタさんがやったのをちゃんと覚えているらしく、機械にひっかけていた。ちょっと手が短くてやりにくそうだけど、ちゃんとできている。届かないところだけ僕が押さえてあげると、その先も一人でやろうとしていた。
「ノッチすごい。覚えてるんだ」
「ノッチも上手ね。じゃあ、二人に頼むわね」
そう言って、ハタさんは僕たちにそこを任せて向こうの作業にとりかかった。ていうか、僕たち超初心者なんだけど、良いのかな。
一度糸状になってしまえば、あとはそんなに難しくなくて、機械の取っ手をくるくる回して糸を紡いだ。
「ノッチ、上手だね」
「ミツヒコもじょうず」
なんと、ノッチに褒められてしまった。
一緒の仕事にとりかかったのもあって、ノッチの機嫌は直ったようだ。それにしてもノッチは小さいのに、とても器用だし、集中力もある。もしかしてすごい子なんじゃないだろうかと感心しないではいられなかった。
ところで、この材料を採りに行く仕事は、朝日の出ている時間が良いらしいということをハタさんが教えてくれた。
それで、朝起きて日が出ていたら材料を採りに行くのを、僕とノッチでするようになった。そのためにノッチ用の小さなかごをハタさんが用意してくれた。
それが嬉しかったらしくて、ノッチはすごくご機嫌になった。いまいちノッチが喜んだりすねたりする要素がわからないんだけど、単に仕事が好きなんだろうか? 毎日朝早くにハタさんのところまで駆けてくるし、どうやら楽しみにしているようだけど……? こんな小さな子だったら遊びたい盛りだろうに、近所に子どももいっぱいいるのに、毎日ここに来る。
山に登って原っぱに行くのは楽しいかもしれないけど、その後の糸を紡ぐ仕事やそれ以外のことだって、嫌がらないどころか楽しそうにやっている。もちろん僕とのおしゃべりも楽しそうだ。大人の僕とおしゃべりを楽しむんだよ。大人っぽいことを言ってるわけでもないし、僕もわざわざ小さな子に話すようなことばかりをしゃべっているつもりはないけど、結構楽しい。
不思議な子だな。