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ハタさんの家は、村のはずれにある。
僕がこの村で知っているのは、最初に爺さんに拾ってもらった森のはずれ。そこから川沿いに歩いて、爺さん(ノムさん)の家とその周辺。そこはいわゆる集落になっている。
さらに森から遠ざかる方向で畑が広がっている。林のように木が生えているところもあれば、色とりどりの野菜を育てている畑もある。その先の方は穀物の畑で、かなり広い。
で、どうやらその向こうに領主の館だか、王様のお城だか、そんなものがあるらしい。ちょっとまだ詳しいことはわからないし、僕は実際に見たことがないからよくわからないけれど、話によるとそういうのがある、とのことだ。
じゃあ、ハタ屋はどこにあるかというと、森とお城から遠いところ、ちょうど三角形の対角(ていうのか?)で、村のはずれということになる。
裏手には山があって、ごつごつした岩も見えるし、うっそうと森になっている部分もある。そんな感じの、ちょっと人が住まないようなところにある。
なんでそんなところに住んでいるんだろう? って思ったら、ちゃんと理由があった。
「今日は材料を採りにいくわよ」
朝っぱらから、ハタさんは大きなかごを背負って、普段はサンダル履きの足に、見慣れない分厚い革でできた靴を履いていた。僕のぶんのかごももちろん準備されていて、とりあえず何も言われなかったけれどそれを背負った。思ったより軽いかごだけど、この後何を入れるんだ。このサイズのかごに木だろうが、葉っぱだろうが、何かをいっぱいに入れたらかなりの重さになるということは想像に難くなかった。
山に入ってしばらくはわりと木の生えている森のようだった。ちょっと日本の山と似ている。西洋の森はもっとすっきりしているけれど、日本の森はうっそうとしているし湿度も高い。そんな感じだ。
だけど、そのわりに歩くには困らない程度に獣道があって、ハタさんはそこを歩いてぐんぐん進んでいった。
高低差のある道のり。
今まではあまり肉体派じゃなかったけれど、この村に来てから農作業を手伝っていたのもあって、体力がついていたらしい。以前だったら絶対に登れないような斜面を登ることができた。
ハタさんの家を出て山に入り、2,30分ほど登ったところで、いきなり視界が開けた。木が途切れて向こうに原っぱが広がっている。
「うわあ」
思わず声が出た。広くて青い原っぱがあまりにもきれいだったから。
僕の膝あたりまである、しっかりした草が生えていて、それが風になびいて波打っている。その中に白と黄色の花が咲いていて、蝶々のような(見たことない蛾かも?)虫がひらひらと飛んでいる。しかも空は青いし、何とも言えず美しい光景だった。今度ノッチを連れてピクニックしたい。
ハタさんは原っぱを突き進んでいた。遅れまいとついていくと、原っぱの向こう半分は、白い綿花のようなものがたくさん生っているようだった。
あれがきっと材料だ。すぐにわかった。
ハタさんは、その綿花のそばまで来ると、やっと歩調を緩めてこっちを向いた。
「材料はこれ。エルビュの巣。中に黒いのが見えるのはまだ住んでいるからとっちゃダメよ。真っ白に見えるものだけ摘み取って」
「はい」
そういうと、ハタさんはすぐに作業にとりかかった。
へえー。エルビュってなんだかわからないけど(サイズ的に虫じゃないかと思う)植物ではないらしい。見た目は綿花だけど、巣だというから、蜘蛛の糸みたいな感じかもしれない。
でも、糸って感じじゃない。綿花にしか見えない。とはいえサイズは綿花より大きい。ふわっと掴んで引っ張ると、スーっと手になじんで採れた。
「へえ、ふわふわだ」
かなり、軽い。
中にエルビュってのがいないのを探しながら、ものの10分も摘み取れば、もうかごの半分が埋まっていた。
「さ、じゃあ、帰りましょう」
ハタさんは僕のかごの量を確認して、また歩き出した。
結構採ったと思うけど全然重くない。材料はわりと近場で、簡単に集められることが分かった。
見たこともない虫。聞いたこともない布の材料。
うすうす気づいていたことではあるけれど……ここは僕のいたところじゃないんじゃないだろうか。
季節や気候、生態系や文化。
ここがイタリアなはずがない。
考えまいとしていたことが僕の頭の中で確信となって固まっていく。
ここがイタリアなはずがない。