10
少ない荷物をバックパックにまとめて、爺さんと家族にお礼を言って、僕はハタさんの家に移った。
仕事は最初のうちはさっぱりわからなかった。
コレを持っててだの、そこ引っ張ってだの、ソレ巻いといてだの、言われたことは片っ端から片づけたけれど、本当にすごい仕事量の中の断片的なことだけを手伝ったところで、いったい今、僕は何をしているのか? と思うほどに、意味が分からなかった。
仕事は大量の材料を運ぶことや、大きな機械を力いっぱい動かすことから、ものすごく細い穴に糸を通すような細かい仕事まで様々だった。
ひとつの仕事を覚えきる前に、次の仕事をどんどん言いつけられるので、仕事に飽きる暇もなくただただ忙しく動き回っていた。
ていうか、ハタさんは本当にすごく忙しってことがわかった。これじゃあ、僕の布の番が来るまで一年待ちっていうのも納得できる。
「ミツヒコ―」
「あ、ノッチ。おはよう」
ノッチは、なんだかんだ毎日ハタ屋に遊びに来ていた。というより、ほとんど手伝いに来ていた。
「ミツヒコ、ここ押さえてて。あら、ノッチ、来てくれたの? じゃあ、ノッチはここを押さえてちょうだい」
「はーい」
てな具合に、ハタさんはノッチすら手伝いに駆り出した。
しかも、ハタさんはノッチにもできる仕事をちゃんとわかっていて、うまい具合に僕たちを使った。だから、
「ミツヒコ、お母さんがね、きのう、たまごをもらったんだよ」
「へえ~、良いねえ。ノッチは、たまごを食べた?」
「うん、おいしかったよ。あとでお母さんがもってきてくれるって」
「え、ここに? 良いのかなあ」
みたいに、世間話もできた。
もちろん、真剣にやらなきゃならない仕事のこともあったけれど、それでも、ハタさんはノッチが僕のそばにいられるように配慮してくれていた。
「あんたたちは、本当に仲がいいねえ」
休憩中、よくハタさんは僕たちのことをそう言った。
まあ、ノッチは毎日来るし、休憩中は僕の腕に絡まってるし、僕だってノッチのこと大好きだから、仲良く見えて当然か。
「でも、本当の兄弟じゃないもんねえ。ミツヒコは、どこから来たの?」
この村に来てから、僕がよそ者だって見りゃすぐわかるから、みんな知っていると思うけれど、ハタさんに初めて聞かれた。
「イタリアのサンタリアーテから来ました。知りませんか? たぶん、あの森の向こうにあると思うんだけど」
「イタリア? 聞いたことないけど。だいたい、あの森、私も入ることあるけど、あんまり奥までは行かれないから」
「そうですか」
いやいや、ちょっと待って! イタリア聞いたことないって、じゃあ、ここどこよ? いくらなんでも、イタリア国内からは出てないはずだけどなあ。
そういや、爺さんも森の奥は危ないから行っちゃだめだって言ってたなあ。だからイタリアのことがちゃんとわからないんだろうか。
うーむ……
「どうやってこの村に来たんだい?」
「えーっと」殺されかけたってのはやめたほうが良いよな。「森で迷子になって」
「あら、そうなの? そこの森を抜けてきたってこと? よくもまあ、無事で」
無事、かどうかは甚だ疑問だけど、まあ、無事っていえば無事か。
「じゃあ、親ごさんは心配なさってるだろうね」
「いえ。僕の両親はもういないので……だから、今はノッチが本当の妹だと思っているんです」
これは本心。強がりなんかじゃない。
「そうか。だからあんたたちは、こんなに仲が良いんだね。大丈夫、あんたは良い子だ。この村でもみんなと仲良くやっていけるさ」
「あ、ありがとうございます」
どうやらハタさんは、僕が天涯孤独で自暴自棄になって森をさまよったとでも思っているんだろうか。でも、僕のことを励まして言ってくれたというのはわかった。
しかしなあ、良い子って。いったいどんな子どもだと思われているのだろうか。あんまり気にしないでおこう。