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僕には特技がある。それは新しい言語を習得するという特技だ。一見なんともないこの特技が、僕を大いに助けることになるなど、まだ学生の頃の僕は知りもしなかった。
僕はイギリスと日本のミックス(日本風に言うとハーフ)ということもあり、もともと多言語を習得することに抵抗がない。普通の日本人は子どものころから英語が身近にあるわりに英語習得率が低いように思うけれど、僕はほかの言語にも興味がある。大学を出てすぐに英国執事養成学校に入り、さて卒業後はどこで働こうと思ったとき、ちょうどイタリアのある富豪の屋敷で執事の募集があるのを見つけ、そこへ行くことに決めた。そこにはすでに執事が2人いて、僕はまずは見習いから雇ってもらえる。この期間にイタリア語を習得すればいい。
いいところを見つけたと思っていたが、友人からはあまり評判が良くなかった。どうも、イタリアの富豪と聞いて、誰もがマフィアかと思ったらしい。しかし、僕には反対するような両親はもういないし(とっくに死別しているのさ。このことは本編に関係ないからあえて触れないけどね)恋人がいるわけでもないし、行ってみてダメだったらやめればいいだけの話。ということで、いざイタリアへ来たわけだ。
執事の心得として、自分の“道具”は大事にする、というのがあって、荷物は大きなバゲージに入れてあるものの、大事なものはみんな背中のバックパックに入っている。
そんな僕は、はたから見ればどんだけ荷物の多い観光客かと思われるだろうが、そういうわけじゃない。僕はここで住み、そして働くんだ。荷物が多いのは仕方のないことだ。
都市部から電車で移動して、森や畑の見渡せる風光明媚なところへやってきた。良いところだ。
お、お屋敷発見。あれだな。
僕はお客じゃないから、裏手に回って……
―― ドキューン! ――
―― バン! バンバン! ――
え!? と、思ったときには、裏口から黒い眼鏡をかけたいかにもな人相をした人がふたり、ピストルをもって走り出てきた。すごい形相。すごい剣幕。
「Sbrigati!」
「Presto! Presto!」
ドンとぶつかってきたと思ったら、その男に腕を掴まれた。そのまま拉致。
えええー!?
待って! 運ばれてる!?
なぜ!?
「Aspettare」
「Non fuggire.!」
―― パンパン! ――
なになになになに!?
また人が増えた。怖い怖いよ、見た目のすべてが怖い!
ぴ、ピストルだよ。本物だよ~。
なぜか連れ去られようとしている僕は、やっとここで、ヤバいことに巻き込まれていることを把握した。
怖い。だけど、怖いというよりは、本能的にヤバいと感じて動けない。ただ運ばれるだけだ。だいたい、ピストルだって本物見たの初めてだからね!?
僕がどんな状態なのか、自分でもわからない。わかることは、このガタイの良いおっさんに運ばれているということだけ。でも、これは単なるドッキリじゃない。本物のヤバい場面だ。
運ばれてる場合じゃない。
逃げなきゃ。
逃げなきゃ、無事でいられない。
僕を運ぶ人も、後ろから追ってくる人も銃を持っている。しかも、躊躇なく発砲している。ここで、僕がどうやって逃げ切れるか、わからないけれど……
僕は体を思いっきりねじって暴れた。
「Oie! Taci!」
僕だって成人男性として、ただ連れ去られるなんて黙ってられるか。やる時はやる。相手がどんなに強面でも、僕はなんとかその手から逃れた。
ボトっと落とされたところで、低姿勢になって男の手の下をくぐり、そのまま逃走!
「Ehi!」
ぎゃっ!
当然追ってくるよな。
あっちも、こっちも、なぜか僕を追ってくる。しかも、銃を構えてるー!
ヤバいってば!
なんとかして逃げ切りたいけど、どうしたらいいのか想像つかない。ていうか、僕の就職!僕のバゲージ! 僕の人生! くそー!
―― ズギューン! ――
大きな音が背後から聞こえた時には、僕は森へと逃げ込んだところだった。
背中に衝撃が走る。
強い力で押し出されたような感じ。
押し倒されるように前に倒れて……それっきり、僕の意識は遠のいてしまった。