○第七話 斬撃
予備動作なしで跳躍した強化外骨格。
けたたましい轟音を響かせながら、巨大なシャッターがひしゃげていく。
パワードスーツを操る桐丘郷は勢いのまま、建屋の中へ呑み込まれるかのように吸い込まれていった。
予想外の荒々しさに、赤髪の少年赤羽大地は思わず息を呑む。
「郷さん……」
破天荒な荒技に見とれてしまっていたのだ。
そして数瞬の沈黙。
直後、破壊されたシャッターが今度は内側から何かを排出してきた。
ドッガーーーーンという破壊音は直前のものを上回る勢い。
不意打ちの展開に大地の心臓がビクッと縮み上がる。
文字通りまろび出てきた郷は、這々の体。
立ち上がる余裕すらないのか四つん這いのままでとにかくその場を離れようと、不器用に四肢を動かしていた。
何が起きたかは窺い知れないが、とにかく必死というのは大地も分かった。
そんな郷に追い打ちをかけるかのような巨大な砲声。
ドゴォオオオオオオンという耳慣れない爆音とその反響音。
それはピリッと頬を揺らし、大地の心に空白をもたらす。
「えと、えと、えと、えっと……」
何が起きたのか。まったく理解が追いつかなかった。
敷地を取り囲む背の高いブロック塀。
視界の端でそこに派手な穴がブチ開けられていたのだ。
「ひゃあっ」
有無を言わさぬ破壊力に大地は身を竦める。
「郷さん!」
反射的にそう悲鳴を上げてしまった。
そして自分の上げた声の大きさに自分で驚いてしまい、腰を抜かしてへたり込んでいた。
両脚がガクガクと小刻みに振動する。
瞬く間にそれは全身に拡がり、地面についた両手さえ揺れ動いて上半身を支えるのもままならない。
「に、逃げようよ郷さん……」小声で呟く。
誰よりも先に撤退を欲したのは大地だった。
だがその声は風に消されて誰にも届かない。
ただ一人を除いて。
ドゴォオオオオオオン
続く爆音が全身を引き攣らせる。
「(……ひぃ、ここここここ怖い、怖すぎるうううう)」
「(……ナニあれ?ナニあれ?ナニあれ?ナニあれ?ナニあれ?ナニあれ?)」
涙目になっていた。
「(……立ち上がるのムリ、走るのムリ、ゼッタイ逃げらんないッ!)」
未知の恐怖に縮こまり、大地は郷に助けてもらうことだけを考えていた。
想定していない危機に対する極端な弱さを、大地はさらけ出していたのだ。
そしてひたすら他人の力に頼ってしまう。
「(……ご、郷さんんん)」
郷なら、きっと自分をつまみ上げて逃げてくれるはず。
震える両手を辛うじて動かして、尻餅をついたまま後ろへ、後ろへとズルズル退く。
「(……た、助けて、助けて郷さん!)」
1センチでも、1ミリでも、とにかくあの爆音の元から逃れようと……。
硬直した体を辛うじて震わせる。
その威力、その砲声、そしてその存在感。
実物を見るまでもなく、大地は対物ライフルに怯え、ひたすら逃避することだけを考えていた。
――もうっ、大地兄ぃってばぁ!!
いきなり頬をブン殴られたような衝撃が大地に覆い被さってきた。
公安量子魔法迎撃部隊=QCF本部でサポートをおこなっている新田舞からの意識だ。
今、大地と舞はSync5交信をおこなっていた。
言語を介さない意識同士のコミュニケーションであるが、まるで目の前で怒鳴られていると錯覚するほどの強く明確な意思を受け取っていた。
それは激烈なまでの叱咤だった。
――なに弱気になってるのよぉ、大地兄ぃっ!
――で、でもでもでも……
――あいかわらず臆病なんだからぁ
――だって、だって、だって……
――逆転の発想だよぉ、大地兄ぃってばぁ
――ななななな、なにを?
――あんな装備に勝ったらぁ、ポイントガッポガッポでじゃないぃ?
――で、でもでもでもでも……そんなこと言ったって
――大丈夫だってぇ。大地兄ぃの実力があればいけるってぇ
――で、でも……
――ほら、早くしないと郷さんの盾、壊れちゃうよぉ?
――え?
大地は慌てて視線を郷に向ける。
大地の脳内に送り込まれてくる光景は、肉眼で見るものとは大きく異なる。
それ故に郷の構えた盾が内部に大きく内側にえぐれていて、郷が窮地に立たされていることを本人以上に正確に察知してしまう。
「郷さんの盾が……」
――なにより……
そのタイミングを見計らったかのように、舞は魔法の言葉を大地にかけるのだった。
――茜姉ぇを助けるんだよねぇ大地兄ぃ?
「――ッ!!」
情けなくへたり込み、両手を地面につけていた大地は、そこで弾かれたように立ち上がった。
「そ、そうだ。そうだった」
ゴクリ、と唾を飲み込む。
「そうだよッ!」
自分自身に言い聞かせるように。
「そうだよ!そうだよ!そうだよ!そうだよ!」
茜姉ぇ。そう心の中で呟きながら、大地は両の拳を握り締める
そして撤退を口にした郷と、それに同意した滝山隊長に向かって叫ぶのだった。
「反撃するよ、郷さん!」
「へ?」
郷から発せられる間の抜けた声。
しかし大地の意識はもう別のことへと向けられていた。
それは自分と郷と、そして敵パワードスーツの位置関係。
舞の指示に従って郷がパワードスーツを動かすと、大地はその動きに合わせて自らも移動。
ちょうど盾の死角に入った形になった。
ババババババババ
後方では舞の操る無人航空機=UAVが狙撃を用心してか、垂直方向に不規則な八の字を描きながらホバリングをおこなう。
そのUAVから送られてくる位置情報を基に、大地は演算を開始した。
右腕を引き絞り、掌底打の構えを向ける。
力の高まりに応えるように掌底を突き出す。
同時に、意識の奥底から湧き上がる言葉を詠唱。
「斬――ッ!」
強化外骨格の左腕部フレームと、郷の二の腕の間にある僅かな隙間を撃つ。
放たれた斬撃は弧を描きながら、郷が構えた盾の左端を音もなく貫通。その先に立つ敵の対物ライフルに襲いかかろうとするが。
――204mmショートぉ
舞から送られてくる結果。敵対物ライフルへは大きく外れていたことになる。
大地は再度計算を試みた。
「(……もっと絞らないと)」
敵との距離を計算しながら、自らの位置を移動させるため前に出る。
いやがおうにも目につくのは、ピクリとも動けなくなっている郷の後ろ姿。
両肩が微かに震えているのが分かる。
その全身から放たれている微弱な電波もネガティブな感情、即ち恐怖を表出させていた。
「(……郷さんに当てない郷さんに当てない郷さんに当てない……)」
呪文のように同じ言葉を繰り返す。
再び集中。
敵の銃身を斬るための軌道を探っていく。
赤羽大地という十五歳の少年が量子コンピュータを作動させ、その計算規模がある領域を超えると、四次元時空に破れが生じる。破れは一瞬にして修復されるのだが、それまでの僅かな時間に時空の穴、即ちワームホールが生じる。これは量子論の予測する並行世界を利用して計算するという、量子コンピュータが本来的に持つ副作用であった。しかし、その副作用がもたらす攻撃力は逆に武器として評価されていき、量子デバイス開発も武器としての利用を主目的とするようシフトされていった。
ワームホールが繋がる先は属人的な性質を持っている。それは、同じデバイスを使用しても一人ひとりが繋がる先は別の宇宙=ポケットユニバースということだ。
例えば高島翼という少女が量子コンピュータで大規模演算をおこなうと、誕生したばかりで原始物質に満ちた高温・高圧の宇宙との間に接続が生じる。
そして赤羽大地が繋がる宇宙はダークエネルギーが極端に大きい値を持つ時空だ。
完全にとは言えなくとも人類が把握している力は僅かに四つしかない。
重力、電磁気力、弱い力、そして強い力だ。
それらはこの宇宙を構成する物質・エネルギーのうち僅か5%程度でしかない、
残りの23%程度が暗黒物質=ダークマター。これは大きな質量を有する存在が光を曲げるという重力レンズ効果によってその存在が認められているものの、正体が何であるのかは不明だ。
そして残りの72%程度が暗黒エネルギー=ダークエネルギーによって占められると考えられている。
ダークエネギーとは空間そのものを拡大させる力だ。
我々人類の属する宇宙空間はそのすべての領域において均等に拡大を続けている。
その物理的証拠として、遠くの宇宙ほど速い速度で遠ざかっており、光の赤方偏移によってその事実が確認されている。音のドップラー効果では、例えば近づいて来る救急車のサイレンは音が高くなっていくように聞こえ、救急車が遠ざかると今度は音が低くなって聞こえるようになる。同じように近づいて来る光源は実際の色よりも青っぽく見えるようになり、逆に遠ざかる光源は赤っぽく見える。これが光のドップラー効果というものだ。近づいて来る光源は青方偏移を起こし、離れていく光源は赤方偏移を見せる。その偏移が地球と、遠くに見える銀河との位置関係が将来どうなっていくかを説明してくれる。そして遠くにある銀河ほど、赤方偏移が大きくなっていることが観測されている。もっとも、その違いを肉眼で観察できるほど大きな違いではないのだが。
この拡大を起こしている力の正体こそがダークエネルギーと考えられている。
宇宙を構成する物質・エネルギーの七割以上を占めながら、しかしエネルギー単体で考えると微弱とすら言える。我々が属する宇宙=ポケットユニバースにおいて、ダークエネルギー、言い換えるならば宇宙定数は数値で表すと微々たるものである。ほぼゼロで、0.00000と小数点以下に119ものゼロが続き、ようやくその次に別の数値が入る。
辛うじてプラスという程度であり、人間の感覚からすればないと言い切っても支障ない。従ってもし宇宙に“縁”なるものが存在したのならば、その拡大速度は極めて緩慢で、人間がその場を目撃したとしても何の変化も認められないだろう。しかし宇宙空間の気が遠くなりそうな量を加味すると、その積み重ねは莫大なものになる。例えば宇宙開闢は138億年前とされているが、地球から観測できる最も遠い場所は138億光年先の場所にはない。もっと遥か遠く、464億光年も先の場所になっているのだ。原初の光が地球に届く間に宇宙空間そのものが拡大しているため、両者の距離が光速を超えて離れてしまっているからだ。
だが、我々人類が属するこの宇宙とは違い、宇宙定数で表現されるダークエネルギーの力がまったく別の数値を持つ宇宙も存在し得る。
それも壊滅的なまでに巨大な数値を持つ宇宙が。
膨大にすぎる宇宙定数を持つ宇宙は、誕生と同時に爆発的な空間拡大を始め、しかもその勢いは時間の経過とともに加速していく。空間の拡大が大きすぎるため、物質が集まって星ができることはなく、従って銀河も存在し得ない。当然のように生命体が誕生する余地はない。誕生と同時に、宇宙が引き裂かれるビッグリップが運命づけられているという短命で不毛な宇宙だ。
そんな別宇宙のダークエネルギーが、大地の発生させるワームホールを経由してこの世界に流れ込む。その力は線状に展開されるワームホールの進行方向に向かって放たれ、緩やかな弧を描きながら空間の断層を作り出す。現出させるワームホールの形状によって、微細な針よりもさらに経の小さい曲線になったり、或いはカミソリのように幅を持った曲線となったりして空間内を進行していく。そしてそこにはあらゆる物質を貫通するだけのエネルギーが凝縮されている。人間の脳や大動脈といった急所を貫けば、ほぼ確実に生命を終わらせるだけの殺傷能力があるのだ。
しかし、大地の斬撃には物理的な制約があった。
ある程度の距離を飛ぶと、斬撃の源となるダークエネルギーがこの宇宙の定数によって中和され、威力を失ってしまうのだ。そしてその距離は決して長くない。
通常時ならば5~6m。長くとも10m。
それ以上になると必要とされる集中力が格段に高くなり、効率が下がる。加えて命中率もガクッと落ちてしまう。そのため大地は斬撃の射程距離を常に数メートルの範囲に限定していたのだ。
今、大地が狙おうとしている対象は14.5m先にある。
すぐ先にありながら、圧倒的なほどに遠いのだ。
その距離差を産めるべく、集中の度合いを高めていく。
「(……もっと近づかないと)」
やはりどう計算を繰り返しても斬撃は敵砲台には届かない。
やむを得ず前方へ進み出て距離を詰めていく。
だが、
「(……曲がりきれないッ!)」
今度は大地と郷の距離が近すぎるため、斬撃の軌道が塞がれてしまう。
弧を描いて飛んではいくものの、その曲率にも限界があるのだった。
「マジかよ……?」
郷が絶句する。
「というか、鬼か?」
押さえた独り言だったが、大地にははっきりと聞こえてしまった。
デバイスに装着された聴覚センサーがくっきりと郷の声を拾っていたのだ。
郷は渋々ながらも、ジリッジリッと前進していく。
大地と敵砲台の位置関係、斬撃の取り得る軌道から、郷の位置が修正させられたのだ。
ポイントを指定したのはQCF本部でサポートをおこなっている新田舞。小学生かと思われるほどフラットな体型と、金髪ツインテールの眩しい十五歳。舌っ足らずな話し方が愛らしい、妹系の美少女だ。その見た目に反してミッション中に彼女が下す指示内容は冷静かつ合理的。要するに情け容赦のないものだ。
郷が移るべきポイントは、敵に向かって2mもの距離を前進したところ。
ただでさえ盾が破壊されそうな状況下、更に前に出るように指示がなされたのだ。
鬼か?という感想は、客観的に見ても公正なものだろう。
そしてその行動に対する反応は、郷の全身からはっきりと見て取れた――身体から発せられる微弱な電磁波さえ捉えられる大地の視界には。
大地の視覚野には、ターゲットポイントが表示されていた。
それは前にいる桐丘郷の左頸部を掠め、右斜め下へ落ちるように曲がっていく軌道。
新田舞の導き出した最適解だ。
出力は最大限。つまり、通常以上にコントロールに気を遣わなければならない。
ほんの少し斬撃が目標より右側にずれてしまえば、郷の頸動脈が斬り裂かれるのは必至。
「(……郷さん……)」
自身の斬撃が持つ殺傷能力をよく知っている分、大地は慎重にならざるを得なかった。
自分のせいで郷を傷つけることなんかがあったら、多分これから先生きていける自信すらなくなってしまうだろう。
「(……集中、集中、集中、集中、しゅうちゅう……しゅう……ちゅう……)」
大地は右腕を引き絞る。
掌底を前に突き出し、「斬」と発声することによって放たれる斬撃。
しかし通常のモーションでは精確さが失われてしまう気がしてならない。
「(……どうすれば、どうすればいいの?)」
大地は指示されたポイントを脳内で凝視する。
絶対に外せない。では精確さを出すにはどうすればいい?
『拳銃を撃つ動作を思い出せ』
滝山からの適確な指示がそこで入ってきた。
大地は眼を瞠り、思考を巡らせる。
万が一に備えて、拳銃の取り扱いといものもQCFの訓練に入っていた。
射撃結果は決して良好なものではなかったが、基本的な撃ち方は大地にも分かる。
「(……確実に的を射抜くためには、拳銃を持つ右手を左手でしっかりとホールドして……)」
言われたことを思い出しながら、右手の甲を受け止めるように左掌で支える。
右の掌底を完全に固定してから集中の度合いを高めていく。
「(……郷さんに当てない、郷さんに当てない、郷さんに当てない、郷さんに当てない)」
念仏でも唱えるかのようにそう心の中で繰り返す。
「(……で、でもッ!)」
気が遠くなり、眩暈がする。
「(……もし失敗しちゃったらッ!?)」
「大地――――ッ!!」
郷の絶叫で大地は我に返った。
郷はそこで笑声を洩す。
「ビビッてんじゃねえぞ大地、アアン?」
瞬間、郷の全身から震えが消え、恐怖心を示すオーラが霧散した。
「郷さん?」
「ここだ、大地」
郷は開いている右手のマニピュレータの親指を突き立て、自分の左頸部を指した。
「ドーンと来やがれってんだ。オイラこれっぽっちもビビッちゃあいねえぜッ!」
まるで自分自身に言い聞かせでもしたのか、そしてその言葉が自己暗示として絶大な抗力を発揮したのか、今の郷から感じられるのは明鏡止水のごとき平常心のみ。
「オイラはオメエを信じる。そう決めてんだッ!」
「郷さん……」
腹を括った郷を眼前にして、大地もまた覚悟を決める。
行く!
そう決意すると同時に大地は大きく息を吸い込んだ。
意識すべきは自分の掌底、舞の示すポインタ、そして敵対物ライフルの銃身――その三点のみ。
それ以外はすべて感覚から排除する。
聴覚も同様に遮断。
持てるリソースすべてを軌道計算に費やしていく。
デバイス内に格納された量子コンピュータの稼働率が一気に上昇。
同時に巻き込まれていく並行世界の量も指数関数的に増加していく。
自分のすぐ隣にいる、もう一人の自分。
合わせ鏡の中にいるように、少しだけ違う自分の数が夥しい量に増加していく。
計算の規模が閾値を超え、巻き込まれる並行世界の数が無限大に近づいていった。
量子論が予測する並行世界。
それは本来ならば局所的、つまり互いに干渉し合わないはずのものだ。それぞれ独立して別々に進行していくはずの世界を強引につなぎ合わせるもの、それこそが量子コンピュータだ。だからこそ量子コンピュータは一度に大量の計算を実行することができる。だが行き過ぎたスケールは、副作用をもたらしてしまう。別の宇宙=ポケットユニバースに通じるワームホールが現出するのだ。
エネルギーの高まりを受けた大地はそっと囁くように、意識の奥底から湧き上がる単語の呪文を詠唱した。
「斬」
右掌底先に発生した線状のワームホール。そこから放たれる空間断層による斬撃。
巨大なエネルギーの放出を確認すると、眼を開く。
「うわぁあああああああああ――――ッ!!」
桐丘郷の断末魔が大地の耳朶を激しく、激しく打つ。
「郷さんッ!?」
大地は切断していた視聴覚情報の復旧を急ぐのだった。
後書き
観測できる宇宙の果てが464億光年であることは下記サイトより引用。
Kodansha Bluebacks『「宇宙の果て」までの距離は138億光年ではなかった?』
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/56603




