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囚われのリベラシオン  作者: つきしまいっせい
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○第十六話 幻影と呼ばれた少女

 公安量子魔法迎撃部隊=QCF本部。

 その上層階にある、窓はないもののそれなりに広い執務室。

 部屋の主、霞和哉(かすみかずや)は自分のデスクに繋げられた会議テーブルにメンバーが集まるのを確認すると口を開いた。

「始めるとしよう」

 集まっているのは量子魔法の理論面およびソフトウェアを統括する女科学者、田中南。エンジニアリングを担当する西台高志(にしだいたかし)。エージェントたちを直接指揮する滝山隊長。そして事務スタッフの二人。

 量子魔法を使用したテロリストから国家の中枢を守る組織の中心メンバーとしてはなんともお寒い陣容である。実際、同組織には霞和哉より職位の高い人間は二十人近くもいるのだが、その誰もが他省庁からの出向組。いずれは元の組織か、別の部門へと去って行く――キャリアアップの一ステップとして。QCFのような厄介なタスクにわざわざコミットするような物好きは皆無だった。

 とはいえ、実質的な司令となっている霞和哉自身も元はといえば財務省から出向してきた身。唯一にして最大の違いは、彼には戻るべき場所などなくなっているという点だった。


 霞和哉が眼を向けると、それが合図となって滝山がブリーフィングを開始した。まずは出席者間の情報共有と認識のすりあわせから始まる。

 全員が把握していたことではあるが状況はよろしくない。

 各自が持つ情報端末には被害状況が時系列に表示されていく。壁面のプロジェクションシートには事件の発生場所がマッピングされていて、都内の辺縁部から中心へと螺旋状に進行しているのが視覚的に把握できていた。

「一件一件の被害は甚大とは言いがたいものの……」滝山は無表情とも言える顔で説明を続ける。「頻度は極めて高く、しかも回を追うに連れて破壊規模は拡大傾向にあるのが明確です」

 全員が頷く間を置いて滝山は推測を口にする。

「鑑識の結果からも、ほぼ同一犯によるものと見て間違いはないでしょう」

「量子魔法は属人的な要素が大きいからね」

 田中南が同意する。いつもの過剰なまでのお色気は抑制されていた。

「考えられるのはポテンシャルの高い人間のリクルーティングに成功して、その者を慣らしているというところでしょうか?」遠慮がちながらも長々と訊ねたのはエンジニアリング面を担当している西台だ。「まるで巨大な質量の棍棒でも使ったかのように器物を圧壊する威力と、現場に残された細かい擦過傷。対人戦闘力も高いように思えます。あと、頻度は低いですが二~三方向から物体を圧縮することもできるようです」

 頼りないながらも客観的な判断を述べる西台に向かって、霞和哉はゆくりと頷いて見せた。

「当座はこの対象――単独犯か複数犯かの判断はおいておくとして――仮に“ジョーカー”としましょうか。この対象へのプライオリティを第一とすることでよろしいでしょうか?」

「異論はない」

 滝山の意見にも、あくまでも落ち着いたままの様子で霞和哉は同意する。

「とはいってもメンツがね?」甘い息を漏らす南。「実質的に使えるのって、まだ高島ちゃんの隊だけじゃない?」

 苦い表情で応じたのは滝山だった。

「現状、S1隊への昇格候補は二名。ともに潜在能力は高いものの実戦レベルには至っていないです。研修生扱いでS1に同行させるのに問題はありませんが、対戦に加わるとなると……」

「二人ともE組だし?」

 故意に皮肉な感じで訊ねる南に対して、滝山は憮然と答えた。

「あの二人についてそこは問題にならない。あくまでも現時点での、」

「戦力の補充は喫緊の課題だ」

 滝山の言葉を遮った霞和哉は、各自の端末に“とある”人物のプロフィールを表示させていった。

「そこで私としてはこの人物を追加の候補としたいのだが」

 端末が映し出していたのは、全員がその名を知っている存在。

「そ、そんな……」

 思わず声をだしてしまったのは西台高志。

 無言を保ってはいたものの、滝山も南も驚きに大差はない。事務スタッフ二名については絶句したまま身動きすら取れないという有様だった。

 霞和哉はそんな反応も織り込み済みなのか、粛々と言葉を続けた。

「さっそくだが本人と話をしようと思う。滝山隊長、同行願えるかな?」


* * * * * * * *


 かつての品川区・大田区、そして目黒区南部を合併させてできた第四行政区、通称サウス・サイド。多摩川に近い高級住宅街から歩いて数分の距離。川沿いの公園に溶け込むようにその病院は建っていた。

 石壁でできた建屋はかなり昔のものらしく、歴史と風情を感じさせるものだ。

 周囲を鬱蒼とした緑に囲まれており、微妙な手入れ加減のせいもあってどこか近づきたい雰囲気を発している。

 看板すらまともに出していないその病院の正体を知るものは近隣にもほとんどいない。

 かなり特殊な病院という噂が立ったこともあるが、その正体を敢えて追求しようとする住民はいなかった。彼らは本能的ににそれがアンタッチャブルであると知っているからだ。富裕層の多いその区画にあって、つまらない好奇心故に社会的なリスクを冒そうとする愚か者などいはしない。


 路面は荒れ気味ではあるが時代を感じさせるゆったりとした車寄せに停車したのは、優雅さとは対極の位置にある黒色の装甲バン。

 周囲に通行人などいるはずもないが、まるで人目をはばかるかのように四人の若者がクルマから出てきて、急ぎ足で建物内に入っていった。

 玄関口で厳密なセキュリティチェックを受けたあと、ようやく彼らに入館が許される。


「相変わらず大げさで腹が立つな」

 憮然と言い放ったのは細マッチョの元ヤン桐丘郷。完全に脱色してから目がチカチカするような銀色に染めた短髪が、無機質な通路に場違いな雰囲気を放っていた。

 その横では、既に何回も来ているにもかかわらず、まるで初めてそこに来たかのように赤羽大地がキョロキョロと周囲を物珍しそうに見回している。背が低く細身、中性的な見た目の少年だ。こちらは真っ赤な髪をしていて、二人が並ぶとビジュアル系のバンドメンバーにすら見えてしまう。

 先頭を歩くのは長く真っ黒な髪を高めの位置でポニーテールにまとめた高島翼。そして最後尾には金髪のツインテールをした新田舞。

 四人の若者から微妙に距離を取りつつ前後に挟んだ位置にいる警備員二名。

 彼らは、自分たち以外は誰もいない無機質な通路をゆっくりと進んでいった。

 病院の最上階である三階。そこに入ることができるのは館内スタッフでもごく限られたメンバーだけだった。来館者であれば、事前予約の時点で相当な調査がなされた上に、当日はうんざりするほどのセキュリティチェックを受けなければならない。

 左右に広がるのは飾りが一切ない白い壁面と、同一間隔で配置されている鉄製の扉。

 扉の上部には通路側からしか開けられない覗き窓と、外側に鍵のついた膝ほどの高さにある配膳用の開口部。

 空気の音が聞こえてきそうなほどの静けさの中、この場所自体が既に禁忌であるという重たい空気が辺りを支配している。

 通路の一番奥、右側の部屋。そこは病院の中庭に面した個室。

 ドア脇の装置で認証行為をおこなうと、重々しく扉が開いていく。

 いかにも堅牢そうな扉は、開いてみるとその厚みが10cm近くにも及ぶのが分かる。その一点のみを取っても、この場所がいかに特殊であるかが思い知らされるのだ。

 もっとも、ここにいる四人のQCFエージェントがフル装備になれば、破壊自体はたいして難しいものでもないのだが。


茜姉(あかね)ぇ!」

 扉が開いた瞬間に中へ飛び込んでいったのは大地。一拍遅れて舞が続く。

 ベッドで体を起こしていた少女を押し倒さんとするほどの勢いだが、少女は難なく持ちこたえて大地を抱き寄せる。

「大地……」

 そんなふたりを抱え込むように舞が抱きついたいく。

「舞」

「茜姉ぇ」

 三人は、そのままそれぞれの体を抱き締めた状態で時を止めたように動こうとしなくなっていた。


 彼らに与えられた時間は僅かに三分。

 それなのに三人はずっと抱き合ったまま、一言も発することがない。

 顔すら見ようともしていない。

 積もる話もあるだろうに。

 通話はもちろんのこと、手紙すら送れない相手だというのに。

 恐らく――翼は思う。

 言葉以上に、それぞれの存在を確かめ合うことが、何よりも大切なのだろう。

 そして、そのような関係に至るまでの経緯を思うと、翼の胸に言いようのない痛みが走る。

 三人がこれまで生きてきた道筋を。

 こんなふうに異様なまでに依存し合うことでようやく耐えることができた苦難の過去を。

 彼ら三人の中に自分が加わることなどできはしない。

 ある時から貴族の養女として何不自由ない贅沢な暮らしを送り続けてきた自分には絶対に。

 それに、少なくとも大地のパーソナリティに致命的な影響を与えてしまったのが他ならぬ自分自身であることを、翼は知っている。その事実を決して忘れることのないよう、厳に自身に言い聞かせる。


 久し振りの“面会”にも関わらず誰一人として口を開くことのない異様な光景が続いていった。

 ただ一人冷静にキッチンタイマーの数値を見ていた郷は、2分30秒が経過した時点でようやく声をかけた。

「元気にしてっか?」

「見ての通りよ」

 郷以上に太々しい顔をして豊島茜(とよしまあかね)は答えた。

 勝ち気な瞳だけを郷に向け、しかし両腕は大地と舞を抱き留めたまま。

「そうか」

 郷はニカッと笑って見せる。しかしそれは自分自身でもはっきり分かってしまうほどに不自然な笑みだった。実のところ郷自身も彼女とどう接するべきなのか計りかねていたのだ。

「時間です」

 警備員の事務的な言葉。

 翼と郷にとってはなんとも長く、しかし大地と舞にとっては刹那とも言える三分が経過していた。

 まるで事前に打ち合わせをしていたかのように翼が大地を、郷が舞を引っ張っていく。

「茜姉ぇ……」

 今にも泣き出しそうに声を震わせながら、大地が茜に向けて手を伸ばす。

 茜はそんな大地を愛おしそうに見つめながら、ゆっくりと頷いた。

「また来るから……」小声を震わせる大地。「頑張って、頑張って、頑張って、またここに来れるようにするから!」

「舞もぉ、頑張るからぁ」

 呼応するように涙を散らす舞。

 茜は、ただうんうんと頷いていた。

 弱々しく抵抗する大地と茜が廊下に出され、扉が閉まる直前になって茜はようやく翼に眼を向けた。

「茜ちゃん」

「ありがとう翼」

 やっとという感じで短い言葉を交わす。その直後に鋼鉄の扉が閉ざされていった。

 重厚な、重苦しい音を残して。

 個室から出された大地たちを包み込むのは、不自然なまでの静けさ。

 恐らく、彼らがどれほど叫んだとしても、中にいる茜に声を届けることはできないだろう。


 扉が閉められたと同時に消失する大地たちの気配。

 まだすぐそこにいることを知りながらも、茜は諦めたように眼を閉じて首を横に振る。

 その瞳を扉に向けたまま茜は唇を噛んだ。

 ウェーブのかかった黒髪のショートボブ。

 陽に灼けた肌。

 勝ち気で情熱的な瞳。

 それまで鍛錬を続けてきたおかげか、入院という名目の拘束が続いていても尚、上腕部の筋力には逞しさが感じられる。

 豊島茜(とよしまあかね)は、アマゾネスを彷彿とさせる十七歳の美少女だ。

 そして、史上最悪と言われる量子魔法テロによる虐殺=霞治郎事件の共犯者でもある。

 彼女の量子魔法は、異なるパラメータを持つ電磁気力による電子機器の誤動作――監視システムをいとも簡単に欺く能力。それ故に彼女には“幻影”というコードネームが与えられていた。

 超重力を扱い高級官僚を一般市民ごと圧殺していった霞治郎の、潜入と逃亡を茜は担っていた。また自身の顔を晒してネット動画に出演し、反体制活動の必要性を訴え、賛同を呼びかけてもいた。その美貌もあって反体制派からは聖女として神聖視されるようになり、逮捕から数ヶ月経った今でも絶大な支持を受けている。

 本来なら取り調べ後に粛々と法的手続きが始まり、裁判所経由で刑務所行きとなるところだ。

 だが極めて中毒性の高い薬物を投与された上でマインドコントロール下にあったという“事情”により、病院での治療との名目で処遇が保留されている。

 精神面でのケアはさておき、既に医療的な措置は不要となっているもののいつまでも病院の個室で軟禁状態にあったのだ。

 

 このような中途半端な拘禁が続いている理由は、実質的に一つだけだった。それは、茜自身も察していることではあった。

「珍しいわね」

 茜は独り言を口にした。年齢の割に低く聞こえるハスキーヴォイスだ。

「客が続くなんて」

 程なくして開かれる扉。

 入室してきたのは二人の青年男性。

 先に入ってきたのは軍人風の制服にベレー帽。口ひげが似合う精悍な男だった。

 続いてきたのはいかにも仕立てのよさそうなスーツの男。年齢は三十手前といったところか。背は低いものの柔道でもやっていたのだろう、ガッシリとした体型をしていた。そして、見た目の年齢とは不釣り合いな風格を感じさせる青年でもあった。

 茜は見知らぬ二人を無言のまま見つめる。

「豊島茜くん」

 尊大そうな雰囲気もあるが、スーツの男の語り口は茜が思ったよりもずっとソフトなものだった。

「私の名は、霞和哉」

「霞……?」

 思わず名前を繰り返してしまう。

「霞治郎の実の兄と言えばいいだろうか」

「しゃ、社長のッ!?」

 茜は無防備な驚きを洩していた。

 霞治郎は彼女にとって、反体制派組織の長であると同時に勤め先の社長でもあったのだ。

 同時に、茜の頭の中で記憶が繋がっていった。

「社長が殺そうとしていた、お兄さん……」

「いかにも」苦々しそうに霞和哉は頷いた。「そして、公安量子魔法迎撃部隊=QCFの実質的な責任者でもある」

 同時に、QCFという組織名に茜は凍りつく。

 茜が属していた反体制派組織ノース・リベリオンにとって、それは天敵そのものだったからだ。QCFとの戦闘で何人もの先輩たちが命を失っていた。茜にとって親しい人間も、尊敬する先達も含めて。

「同じく隊長を務めておる滝山だ」

 茜の動揺を知ってか知らずか、間髪を入れずに名乗る滝山。

 茜の全身を流れる血液が、一瞬にして沸騰しかける。

 もし、数ヶ月前の彼女なら、QCFという言葉を聞いたと同時に我を忘れて襲いかかっていたことだろう。

 彼女には素手で青年男性二人を簡単に屠れるほどの戦闘力があるのだ。

 現体制を倒す。その一念で自身の肉体を鍛え続けていた彼女は格闘家としてもかなりの域に達していた。そして、逮捕後に期せずして復讐の機会が訪れたのだ。

 厳戒態勢の個室とはいえ、彼女自身の身が拘束されているというわけではない。

 若干鈍り気味ではあっても、立ち上がって飛びかかるのは容易だった。

「……」

 無意識のうちに固められていた拳を、しかし茜はゆっくりとほどいていく。

 今の彼女には、自分の身を賭してでも闘うべき理由が靄にかかったように曖昧になっていたのだ。

「それで、なんの用なの?」

 ようやくという感じで声を振り絞る。

 霞治郎は、その立場からはあり得ないほど無防備に、豊島茜の許へ近づいていった。

 ベッド脇にある丸椅子に腰掛け、茜を正面から見る。

「提案がある」

 そして予め用意していたセリフを口にするのだった。

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