川岸の男達
「なんだこれ? 剣か? なんでこんな所に落ちてんだ」
一番偉そうにしていた人間が僕を持ち上げて、鞘から抜き放つ。
鞘から抜かれたのは魔王様に献上された時以来。抜かれただけで気持ちが昂ぶる。
心の奥から激しい感情が湧きあがってくる。
今なら何でも出来そう。何でも斬れそう。
そうだ。僕は斬る為に生まれてきたんだ。
斬りたい。なんでもいい。斬りたい。
斬りたい。切りたい。斬りたい。
「剣の善し悪しなんて俺にはわからねえけど……この剣はなんかすごい感じがするな」
「その剣どうするんですか? 貰っちまっていいんじゃないですか?」
「そりゃ落ちてたの拾ったんだから貰っちまっていいだろ。だが……これだけすごい剣なら、お頭に渡さないとバレた時にやばいな」
「確かに。この剣は目立ちそうですし」
だらだらと喋りやがって。
いいからさっさと斬らせろ。
目の前の奴斬っちまえよ。ほら、試し斬りしてみたいだろ?さっさと殺っちまえよ。
斬ったら気持ちいいぞ? 良く斬れるぞ? ほら、殺れ。殺っちまえ。
「とりあえず、この剣はお頭に持って行こう」
「そうですね」
おい! 待て!
鞘に戻すな!
それじゃ斬れないだろ!
「やめ……!」
___カチンッ___
「ん? おい、何か言ったか?」
「いえ……何も言ってないですけど」
「気のせいか? それともやっぱり誰かいるのか?」
「もし誰か居たとしても、俺達に声をかけることなんてあるんですかね」
「そうだよな。隠れているのにわざわざ声をかけてくるわけないな。気のせいか」
「そうですね」
「よし、じゃあ戻るか。向こう岸に行った奴らも呼び戻せ」
「はい」
なに、さっきの気持ち……
鞘から抜かれたら、斬りたいって気持ちが抑えられなかった。
斬りたい衝動が一気に押し寄せてきて、斬ること以外は何も考えられなかった。
怖い……
あれも僕なの? 平和な世界になるようにと思って旅立ったのに鞘から抜かれただけで人を斬りたくなるなんて……
そんな僕が平和な世界なんて望んでいいの?
お城から出てきたのは間違いだった?
このままでいいの? この人達に連れて行かれていいの?
「おう、どうだった?」
「何も異変はありませんでした……」
「そうか。じゃあ戻るぞ」
「えっ? 罰は……」
「まぁ今回はいい。面白そうな物見つけたしな」
「面白そうな物スか?」
「あぁ、ほら。これだ」
「剣……?」
向こう岸から戻ってきた人間に手渡された。
抜かないで……怖い……
鞘から抜かないで……
「これが面白い物……ですか?」
「俺も詳しくは無いけどな。すごそうだからお頭の所に持って行こうと思う」
「そうスか……」
「なんだ、落ち込んでるのか?」
「落ち込んでるわけじゃないッス。たださっきのは何だったのか……」
「何も無かったんだからいいだろ? ほら、お頭の所の持って行くから返せ」
「あ、はい」
良かった。鞘から抜かれなかった。
でもこれからはどうする?
鞘から抜かれたら斬りたい衝動が抑えられない。
いつかきっと人を殺して……僕はそれに耐えられる……?
このまま、この人達……人間に付いて行っても大丈夫……?
逃げ出すなら今。今しかないと思う。
魔法を使いまくれば逃げるのは簡単なはず。
でもきっと、この人達には怪我させちゃうだろうな。
もし付いて行くなら?
鞘から抜かれる度に、あの衝動に襲われる……
僕だって剣なんだから、何かを斬ることに躊躇っているわけじゃないんだ。斬ることを喜んで、それに愉悦を感じるのが怖いんだ。
そんな気持ちで斬ることを楽しんでいたら、世界を平和になんて出来ない。
そうだ。僕は世界を平和にしたくて旅に出たんだ。
こんなことくらいで負けてちゃ駄目!
自分の感情くらい抑えられないでどうやって他の人を助けるの?
よし、意思を強く持とう。
よくわからない感情なんかに負けてちゃいけない!
さっきはいきなりだったから感情に流されちゃったけど、次は負けない!
この人間達に付いて行こう。
それで自分を鍛えるんだ!