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三の二

 円戴が薙刀に胴巻きを着けて駆け付けてきた。


「おのれ、明院!胤栄様が留守を狙いおって!阿修羅像は渡さぬぞ!」

「円戴!この腐った寺にいると息苦しいとあの阿修羅殿は儂の夢枕に立った。これ以上は待てぬと仰せじゃ!」


 胤栄は興福寺の塔頭、宝蔵院の別当だ。新陰流の柳生石舟斎と昵懇じっこんの仲で、その槍術を大成し、その名は天下に轟いていた。しかし旅に出てしまった。何を悟ったか、この後胤栄は道場をたたみ、暫しの間、宝蔵院流槍の響きは止むこととなる。弟子の僧達も各地に散らばっていた。

 槍の名手、小吉はここで修行した僧に槍を習った。


 興福寺側の僧達が木槍で僧兵に撃ちかかった。既に往年の興福寺の僧兵の面影は無かった。

 蓮華王院の僧達は、慣れた風に六尺棒を繰り出し円戴の僧達を圧倒していた。


 主水とりんは顔を見合わせたが、主水は言った。

「りん、剣を抜いてはならぬ。ここは法域じゃ!」

 りんは頷いて小競り合いに目を戻した。


 自社の法域を血で汚せぬことを逆手にとった蓮華王院側の小賢い戦法である。

 主水は、近くの僧が持っていた六尺棒を取り上げ、自分の大刀を預けた。そして唸り声を上げて、中央の指導者らしき大男を目指して駆けて行った。


 遂に金堂の中央の大扉の錠が大槌で打ち壊された。


 大扉が開け放たれ、格子が打ち破られた。石縁の炎が中を照らした。

 像を運び出す役目の五人の僧兵が土足で阿修羅像の前に立った。上の者が手短に指図し二人づつ壇上に上がり阿修羅像の脇に付いた。

 正面に残った上役が声を出そうとしたとき、高く若い声がした。


「待て!」

 りんが小競り合いをかいくぐり、破られた戸から彼等の後ろに近づいて来た。

 大刀は履いておらず、その代わりにその両手に、一尺五寸ほどの朱色の丸い柘植の棒を持っていた。棒の端には紐を通してあり、自らの手首に巻かれていた。


 これは馬などを制すときに使われた『鼻捻はなねじり』と言う道具だった。

 後に警棒のような用途で使われるようになり、武器として流儀も生まれ、江戸時代の捕縛道具として残っている。りんは宿舎の壁に掛けてあった鼻捻りを取ってきたのだ。

 六尺棒や剣に対しては、有効な武器とは思えぬが。


 上役の男は振り向いてりんを見たが、後ろの炎のせいでりんの顔は陰っていた。

「誰だ、お前は。学僧ではないようだが」

「俺は今夜、ここで一宿の恩義を受けたものだ。御坊様がなぜ争って仏像を取り合うのだ!」


 僧兵はくっくと笑うと、

「小僧。お前の知ったことか。この寺はもう役目を終えたのじゃ!そして碧眼の阿修羅は蓮華王院に相応しいのじゃ!邪魔をすると痛い目に会わせるぞ!」


「やめて下さい!やめなくば、お止め申します」


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