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二の三

 りんは正面の顔に見入った。


 真摯に何かを凝視するその目の眉は怒りに満ちていた。


 りんは左の顔を見た。


 なにやら唇を噛んで黙考しているようだった。

 右の顔を背伸びして見た。正面の顔よりも和んでいるようだがやはり眉間が立っている。何を見て、何を想っているのだろうか?


 円戴は、像に見入っているりんをまじまじと見ていた。主水の顔をちらと見た。

 主水は小さく頷いた。


 円戴はこの像に比するような人間がいるとは今まで思わなかった。確かに美しく似ている少年あるいは少女はいた。

 だが、この少年は主水の話に因れば美しいだけでなく、正に悪鬼の過去を持っているのだ。


「・・りん様。それは阿修羅王で御座います」


 りんはえっと驚いた。


 りんは、阿修羅王とはインドの悪神で、忿怒の顔を持ち、悪行の限りを尽くした神であると聞かされていた。小吉と京都の三十三間堂に行ったとき恐ろしい顔の阿修羅王像を見た。


 前の年、最上義光とのいくさで阿修羅と呼ばれたときそんなに恐ろしい顔で戦っていたのかと思っていた。

 だが、この西金堂の阿修羅はまるで違う。

 りん以外の者達はこの興福寺の阿修羅を知っていたのだ。小吉も知っていたのだが、教える機会は無かった。


「あなた様も、阿修羅と呼ばれるお方と上泉様にお聞きしました」

 りんは吃驚して叫んだ。


「と、とんでもありません!あれはいくさで俺がそのように見えたというだけです。阿修羅とは修羅道に住む残虐な鬼だと聞いておりました。俺もおぞましい姿でそう呼ばれたのだと思います」


「・・阿修羅の鬼のちょうである阿修羅王は一方の神、帝釈天と凄絶な戦いをした悪の神でした。お釈迦様が現れる前はインドラの国々を支配する神の一つでした」


 りんは唇を少し舐め、小さく頷きながら円戴の言葉を追った。


「お釈迦様が仏教を広め、同じ土着の神であった帝釈天は仏教に帰依いたしました。でも阿修羅王は仏法を憎み、教えに従う人々を苦しませたのです。そして長い間、帝釈天と戦い続けました」


 円戴は少し言葉を切ってまた続けた。


「ある日、この阿修羅王は仲間の悪神達と、お釈迦様の御説法を邪魔しにやって来たと言います」

 りんは、円戴の顔を不思議そうに見ながら聞いていた。


「しかし、御説法を聞いている内にその教理に引きこまれて行きました。そして悪神共が騒ぎ出してもそれをたしなめてお話に聞き入ったと云います。その胸のうちは過去の悪行を思い出し、それを悔いる気持ちで一杯になりました。そして仏法を守ることを決心したのです。・・その心の様子をこの像の三つの顔で表しているのです。丁度貴方の今のお顔のように」


 りんの顔は、円戴の話を聞きながら正にこの阿修羅像の表情になっていた。


 そして口を少し開けると、その目から涙が一筋流れ出た。


「わ、・・私の悪行も赦されるのでしょうか・・?」

 涙を指で払った。


「お釈迦様の前に罪を悔いれば、全ての罪は赦されます」

 後藤権左は、異国の神に仕える伴天連に卑しい人など居ないと言われたと言った。宗教とはなんと寛大なものであるのか。


「・・それを聞いて安心しました。でもやはり俺は地獄に堕ちると思います。俺には剣を振るうしか能がありません。そうしなければ好きな人とも一緒に居ることが出来ないからです。でも、それで俺は満足です」


 円戴は答えた。

「私も阿修羅がそう簡単に変わったとも思っていません。彼は八部衆として、やはり戦いをもって仏を守ることを選んだのです。だが、彼こそ真摯で疑いのない心を持っており、仏敵にとっては情け容赦の無い、恐ろしい敵に違いありません・・・」


 円戴はりんの目を見ながら言った。

「だから、彼の姿は他の八部衆とは異なっているのです。敵も味方も彼の美しく凄まじい姿にただ恐怖するのです」


 暫く黙って、


「このお姿は真摯にこの世の生を生きる人を映しているのです」


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