二の二
主水はりんのことを円戴になにやら話しているようだが、何を話したか皆目見当が付かぬ。
円戴はお供の僧に言いつけて外開きの三つの大扉のうち、左の戸を開けさせた。開けるとさらに格子戸がありそれを横に開けた。
石段を登り高い敷居を跨いで中に入ると、木精と埃の匂いが強くした。南北に長い堂の中央より西側に須弥壇がありその上に何体もの仏像の姿があった。
円戴がお供に三面の戸を次々と開けさせると薄暗い中に光が差し、像の一つ一つがよく見えるようになった。
左に法体の仏像が十あまり。右に八体の異形の戦袍を着た像があった。中央に、獅子の台座に向かい合う二頭の竜がお互いの腹を中空にして金鼓を抱いている。仏像は釈迦の十大弟子像、異形の像は釈迦を守る八部衆である。
本来ならば真ん中に如来の本尊があり、左右に月光、日光などの菩薩像があるはずだが、それらは焼失してしまった。
十数体の像は堂の奧に余裕をもって並べられていた。
円戴は主水達にまず十大弟子像の名前を挙げていった。舎利弗、須菩提・・など、難しい漢字の名前の彼らは、りんにとって本当に偉い人達のように思われた。
円戴は次ぎに右の像の方へ進んだ。
「ここへおわすはもともと異教の神々なのです」
りんはおずおずと聞いた。
「ではお釈迦様のお弟子ではないのですか?」
「彼等はお釈迦様に逆らい、悟りを邪魔しようと悪事を企んだ者達なのです」
りんは驚いた。
「で、では何故、このような像となり、ここにお弟子達と居るのですか?」
円戴は頬笑んでりんに言った。
「お釈迦様の説法を聞き、改心し、仏法に帰依したので御座います」
りんは、はあと意外な顔をした。悪神というなら人々を苦しめ、また殺し傷つけた者達ではないのか。そんな者達が改心しただけで今度は良き神としてあがめられるとは。
りんは円戴に促され、端の像から一つ一つ眺めて行った。まず像の全体を見て顔を覗き込んだ。
「その初めの像は畢婆迦羅と呼ばれる神です。」
その男の像は耳から顎に髭を生やし宝髻と呼ばれる髪の毛を頭上で束ねた髪形をしていた。中国風の胴着を長袖の上に付けている。
「あはっ、小吉に似ている!」
次の乾漆像は鳥の頭を持っていた。迦楼羅、と円戴は呼んだ。気味悪そうにりんはその顔を眺めつつ足を運んだ。そして次の像の前に目を移したとき、
「・・?」
りんは不思議な像を見た。
それは他の八部衆の像とは全く異なった趣の姿をしていた。
始めに八部衆を一舐めしたとき、一体のみ違う姿のものがあると感じてはいた。
その像だけは戦闘服ではなく、半裸の体に左肩から薄い布を斜めに掛け、下は裳と呼ばれる腰布を巻いていた。
頭髪は宝髻で顔は美しい少年のものであった。だが、異なるは左右に顔があり、肩からはそれぞれ三本の腕が伸びていた。
三面六臂の像である。
前の一対は手を合わせ、横に伸びた上の一対は高く手のひらを上に向け、また下の一対は肘を曲げ手を掲げていた。
それぞれ何かを持っていたと思われるが今は欠け落ちていた。