一の四
茜は葛餅の乗った小皿を小吉に捧げた。
「さあ、食べましょう!」
二人は言葉無く餅を食べ、茶をすすった。
小吉は茜を理解できなかったが、茜は始終微笑みを浮かべ楽しそうに見える。
「茜殿・・儂といて楽しいのか?」
茜は頬張ったまま、目を見開いて小吉を見て頷いた。小吉はりんの餅を頬張ってうれしそうにしている顔を思い出した。切なかった。
暫くして茜は言った。
「いくさにお供させて頂きたいと思います」
「いくさに…?」
「兼続様に御小姓役を御免させて頂き、騎馬隊の先鋒として働かせてもらうつもりです」
「ふむ。それは勇ましいことじゃ。貴方の甲冑姿はさぞや愛でたいと思いますぞ」
茜はうれしそうに笑った。そして目を落とし意を決して言った。
「小吉様。お願いがあります」
小吉はまた抱いてくれ、と言われるのかと思い身を固くした。
「剣と槍のご教授をお願い致します」
「わ、儂にか?」
「今までは、兼続様をお側でお守りするため、小太刀を研鑽して来ましたが、これからは徒、馬上で戦えるための修行をしたいと思います。小吉様は宝蔵院流の槍の使い手でおいででしょう」
小吉は笑って、
「儂などで良ければいくらでもお教えしよう。だが、御家中に槍の名手はたくさんいる」
この頃、武将で強者と言われる者達はすべからく槍、長巻きの名手と言ってよい。
茜は顔を少し傾げて、
「…私の気持ちはおわかりだと思います。他の方に教えて頂くつもりは殊更ありません。小吉様に教えて頂けないなら一人で修行します」
そして、小吉に付いていくさに出るつもりなのだ。足手まといになるならそこで死ぬ。小吉は茜の心が珍しく分かった。りんも慶次郎と対決し敗れ、小吉に救ってもらったとき、同じ事を言ったのだ。
「・・・お教えしよう」
小吉もむげに茜に冷たく振る舞うのを苦痛に感じていた。自分を慕っているのだからなおさらである。
彼は不器用だが、却って人の心の痛みが気になった。戦場で薙ぎ倒す敵ならばなんの省みることもないが、朋輩となると話は別だ。だから、師として槍を教えるというのは、自分の心に余裕を与えることが出来る。今のままではりんへの想いと板挟みになるだけだ。
翌日から小吉は茜に槍の指南を始めた。
山城の隅に大きな稽古場を兼続は作っていた。一日の役目が終わると二人はそこに行き、小吉はまず六尺棒の組太刀の形を教えていった。
棒、槍の用法はその長さ故、制限が多い。まず実践的な身の守り方を教えたかった。小吉の打込みの速さは実戦に近かった。人に教えたことなどそれまで無かったのだが、決死の場合の感覚を必死に茜に伝えようとした。実戦における恐怖と、それに打ち勝つ技を教えなくてはならぬと思った。
最初、周りの者は逢い引きをするために子弟関係を結んだのだろうなどと色眼鏡で眺めていたが、彼等の稽古を見た者はその凄まじさに何も言わなくなった。
茜の尋常ではない運動神経は小吉の教えに良く応えた。それでも茜の体はあちこち打たれ、兼続の見回りの共をしている時に腕に包帯を巻いていることも、びっこを引いていることも珍しくなかった。
小吉が役目で、茜が非番のときは一人でもくもくと棒を振るっていた。