一の三
城下にいつのまにか郭が出来た。
日本から一攫千金を狙って娼家も来た。故国に妻子を残して来た者共も、非番のときはこぞって繰り出して行った。男の性衝動は何時の世も避けがたい。兼続は大将なのでやせ我慢をしているようだった。気晴らしに寒中の連歌会をよく催した。
小吉は、慶次郎が兼続や親友の安田上総介能元の所へ行っているとき、あてがわれた小部屋でりんを思ってぼおっとしていた。
するととんとんと戸を叩く音がする。
オンドルの小部屋の戸を開けると、茜が端座していた。
「茜殿・・・」
あれ以来、小吉は茜を避けていた。
やはり噂がたったのだ。
自分は何を言われても良いが、茜は長男ではないが、れっきとした兼続の家臣の息子である。それに、もうりんを裏切ることは出来ない。不器用な男なので仕方がない。
茜に会うたびに目を逸らせそっけない仕草をするが、茜はじっと小吉を見る。
茜はもう隠さなかった。からかう者の前でさえ、私は小吉殿が好きです、と言い放った。されとて小吉にいちゃいちゃとするでなく、小吉の前で皆がさてどうするかと見守っていても、少しも臆さず小吉と話した。
普段と変わりない礼儀正しい態度であったが、目は恋した娘の様に小吉を見た。
若干、十六の茜はまだ男に変化していない美しい少年であった。
茜はこの時代に行われていた『兄弟の契り』を小吉に望んでいた。
小吉は茜の道標であり、憧れでもあった。『兄弟の契り』を結んだものは妻帯しても終生その交わりを持ったという。『信義』を根本とするので時には命をかけてそれを守った。
武士は家のために働く。
家の本質は『土地』と『年貢を収める支配民』のことだ。武士はその頂点にある集団のことだ。
家と家を繋ぐために男は嫁をめとる。だが、戦乱の中に命のやりとりをするとき、それでは不足だ。生き死にを超えて戦うともがらが必要だ。
現代でも幸運な読者は『親友』を持っているだろう。
真の親友ならば万一の場合、身の危険を省みず行動してくれまいか?今の時代は職業は多様化し、各人の生き様もさまざまだ。でも『家」』いうものを守ることに徹した武士の時代ならばどうだろう?
茜はいたずらっぽく笑うと、持っていた包みを見せた。
「これ、…今日、日本から届いた葛餅なのです。兼続様から頂きました。一人で食べるのが勿体なくて。」
茜は小吉が招き入れる前に部屋に入ってしまった。
小吉は仕方なく角の火鉢に掛かっている鉄瓶から茶を入れた。隣の部屋の連中は非番で郭に行っている。
小吉は茜の横顔を見ながら茶を出した。茜は小吉の斜めに正座して正面を向いている。
「小吉様、ありがとうございます。」
包みを開け、小吉の出した小皿に葛餅を分けた。その仕草は流麗で涼やかだ。
小吉は股間が疼くのを感じた。
すでに名護屋で茜を抱いてから三月は立っていた。
あの時の茜の肉体の中の感覚が小吉を苦しめた。
久しぶりに近くで茜の美しい横顔を見ると、むらむらと湿った欲望が小吉を苛んだ。長い睫、可愛らしい鼻と口、しっとりとした長い髪と前髪の耳もとに垂れるほつれ毛。白くきめの細かい肌。風呂に入ってきたのだろう、ほんわりとする匂い。
茜は小吉なら拒まないだろう。衆道を極めてしまった小吉には茜は女性だった。
小吉は袴を握り締めて自分を制した。声を荒げた。
「…何故、来た?皆に見られれば親御の恥となるぞ」
誰の目にも小吉が茜を避けていることはわかった。小吉はりんという契った者がいるということも周知の事実だ。茜が横恋慕している、と噂されていた。
「構いません。好きな人は好きなのです。あの前田利家様でさえ、織田信長様に愛されたと聞きます」
「あ、あれは身分の高い方の話ではないか!貴方と兼続様となら皆、そう思うだろう。だが、儂は只のいくさ侍じゃ!貴方にとって何の得にもならぬ」
茜は不思議そうに小吉の目を見た。
「得?得とは何のことです?」
小吉は言葉に詰まった。