三の四
だが、彼等の後から出てきた者を見てまた驚いた。
正に阿修羅の如き者が、棒を逆八の字に構えて出てきたではないか。
揺らめく火の映りに背後に数本の腕の影が見えたように思えた。
「だ、誰だ!お前は!」
主水が後ろで打ち倒した一人の敵僧の首に長棒を押し付けながら、にやりと笑いながら低い大声で言った。
「それは阿修羅じゃ!」
それを見ていた双方の僧達がどよめいた。
明院は持ち場を代わりの者に譲り、りんに向かった。
六尺豊かな身長の上に二寸の高下駄を履いているので仁王の様に見える。中央の石段を軽々と二歩で登り、りんを見据えた。りんは上を見上げて睨んだ。
明院は驚いていた。阿修羅像に姿を写した少年は正にこのような者なのであろう。遠い西域から来た少女の様な者。汚れのない瞳に罪を赦さぬ怒り眉。形の良い薄い唇に中性的な肩と腕。あの阿修羅像が造られた当初は琥珀の目に金髪の髪を持っていたという。
「・・お前は、この世の者か?」
仁王が聞いた。
この仁王の目は、生き身の阿修羅との邂逅を喜んでいるようだった。
「俺は上杉家客将、前田慶次様の家中の者だ。このお寺には縁あって仏像をお守りいたす。仏像を奪うなんてあまりにも酷い。どうかお引き下さい!」
「名は何と申す?」
「りん!」
仁王は左足を前に出すと、右手に持っていた六尺棒の下を左手で握り、りんの左足目掛けて撃ち込んだ。りんはとっさに背を反って後ろに宙返りをして着地した。
明院はりんの体勢を整わせる時間を与えず、棒で鳩尾を突いた。りんはそれを逃れて同時に後ろに跳んでいた。だが跳躍が低すぎ、背中から倒れてしまった。
明院がりんの胸を棒の鐺で突こうとした時、主水の投げた棒が飛んできた。
明院は足を止めてその棒を避けた。
棒は金堂の戸に当たり跳ね返った。りんは左手の鼻捻りを明院に投げ、身を翻して主水の投げた棒を拾った。
足を半開きにして右肩を引き、肩の幅に棒を持ち自然に下に下げた。
明院は、この夜の襲撃の期を失したことを知った。
石縁の下では主水の棒に十人ほどが打ちのめされていた。これに釣られ、興福寺の僧達は士気が上がっている。
さらにこの『阿修羅』はただ者ではない。
これまで明院の連鎖攻撃をかわしたものは居らぬ。彼が棒を避けるために足を止めた一瞬のすきに体勢を整えた。さらにこの者に気を置く加勢の者がいる。宝蔵院の留守居の僧等も駆けつけて来る頃だ。戦って長引けばさらに不利となる。
「引けい!」
明院の判断は速かった。
乱入者達はささと円陣を組んだ。肩を支えられた者達が南円堂の参詣道の方に引いてゆく。このような場合の段取りは出来ていた。
戦える者は円陣を保ち、後ろにじりじりと退いて行った。それを興福寺の僧達が棒を構えて追って行った。
明院は円陣の前に立ち威嚇した。
「円戴よ!今日は引く。とんだ助っ人に助けられたな!」
りんをぎぬろと見て、
「りんとやら!前田慶次の家中と言ったな!気に入ったぞ。儂のもとに来い!悪いようにはせぬぞ!」
「俺はどこにも行かぬ!」
「ふふふ・・・また会おう!」
明院はひらりと巨体を翻すと暗闇の中に去っていった。
了
前田慶次郎異聞後編その1はここまでです!続編をお楽しみに!
他に発表しているシリーズ「りんと小吉の物語〜前田慶次郎異聞より」は小吉に逢って直後の物語です。