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一 小吉と茜、海を渡った地で

拙著「前田慶次郎異聞」は私のサイトに図書館の蔵書情報があります。「泊瀬光延」で検索して下さい。

 文禄元年(1592)、冬、慶次郎と小吉主従は直江兼続と共に朝鮮に渡った。


 兼続の主、上杉景勝は太閤秀吉の名代として熊州城に入りその修築に従事した。

 朝鮮の南部とはいっても冬は厳しい寒さに晒された。冬の寒さには慣れて居るはずの上杉軍ではあったが、城壁用の石を運び上げる間、容赦なく吹き荒ぶ山の寒風に体力は奪われ、肺炎などをおこす将兵が続出した。


 慶次郎と小吉は将兵の間を見回り、倒れそうな者を見つけるとオンドルのある小屋に連れて行き休ませた。せき込みながら温かい粥をうまそうに食べている兵を見ながら、慶次郎は小吉に言った。

「小吉。よくりんがやったあれをやるか?」

「へえ。でもこれだけの人数に食わせるには・・・じゃ、下の村で購って来ますか。」

 小吉は砂金を持って平地の農家に行き、雄牛を一頭買ってきた。厨房の足軽共を集め、牛の四肢を縄で縛らせた。


 何をやるのかと見守る足軽達の前で小吉は三尺の大刀を抜いた。 右肩に刀を乗せ、沈み込んで左足を前に出す半身の構えをとり、上半身を右後ろに少し捻ると次の瞬間、構えを真っ向上段に取り直し、鬼のような形相で牛の首を両断した。


 足軽達はあっけにとられ、首の無い牛が崩れ落ちると次の瞬間、わ〜と叫び声を出した。

 小吉はそのなかでも動じずに見ていた者達を選び出し、聞くとその内の何人かは熊狩りをしたことがある山の者であった。

 その者達に牛の解体を指図して大鍋に内蔵を細かく切り、ねぎ、生姜と味噌で煮込んだ。また、残りの肉は塩漬けか干肉にすることを命じた。


 りんは時々、鴨川下流の隔離された集落に行って、死んだ牛や馬の始末をしている彼等からもつや肉をあがなってきた。それを味噌で煮込んで慶次郎達に喰わせた。


 最初、慶次郎は猪の肉だろうと思ったが、味が違う。戦場で喰った死馬の肉とも違う。

「りん、この肉はなんだ?」

 りんははっとした。平安時代の禁布以来、日本人は牛馬犬の肉を表立って食べなくなった。だが、全くではなく、猟師が捕る猪、鹿、山鳥などが珍重された。牛馬が死ぬと死体処理などを生業とする民に払い下げられた。彼らは皮革を生産するが、食肉の流通がないので一般人がその者等の所へ行って不浄の肉を買うのは憚った。


「あ・・も、申し訳ありません。お、俺、とんでもないことをしました!」


 りんは刺客稼業をしていた時、賤民とされる人々の部落の近くに野営することがあった。身を隠すのに都合が良かった。そんなあるとき、部落のほうからよい匂いがした。宍蔵と佐助が行って貰ってきたのが牛の肉であった。彼等は腐る寸前の骨付き肉を、常に携帯していた塩を塗り焼いて食べた。彼等の育ち盛りの肉体は滋養のあるものを本能的に見分ける力があった。


 りんは無意識に小吉等にうまいものを食わせようとこの料理を思いついたのだが、慶次郎ほどの名のある武士が不浄の肉を喰らったなどと噂が立ったら一大事である。りんは鍋を始末して小吉の仕置きを受けようと思った。

 鍋を持とうとすると、慶次郎が箸でりんの手の甲をぽんと打った。

「りん、うまいぞ。持っていくな。」


 慶次郎も体力を付けてくれる食物を見分けたのだ。


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