第4話:美人は得
勇者によって、サキュバスにされたせいだろうか、妙に牛乳の消費量が増えた。
朝起きて最初に口にするのが牛乳、ご飯のお供に牛乳、お風呂上がりにはコーヒー牛乳だ。
サキュバスと言っても、ちょっと妖艶な女性に、頭に小さな山羊の角、背中にコウモリの羽、尾骶骨に続いて悪魔の尻尾が付いているだけだ。
羽を使って飛べるわけでもないし、魔法が使えるわけでもない。
力は元の姿の方が強く、身長も20センチほど縮んで、爪先立ちでもキッチンの上の棚に手が届かない。
着替えの時、ツノが引っかかってTシャツを何着かダメにしてしまった。
さらに困ったことは、大きな胸のせいで肩は凝るし、揺れてまともに走れやしない。
コップを机の上に置き、ソファにいる勇者を見ると、古代ローマ人の様に横になりながら食事をしている。
何度も注意したが、勇者は頑なに座って食べようとはしない。
椿「なぁ、サキュバスって言っても、一応は魔物だろ?特殊能力とかないのかよ?それと、座って飯を食え」
別に特殊能力が欲しいわけではないが、あるのなら使ってみたい。
勇者「もぐもぐもぐもぐ・・・・・ハフファフォ(あるわよ)、ヒフォフファヘェ(1つだけ)」
勇者は、大好物のピザを頬張りながら言う。
椿「おお‼︎どんなの⁈俺でも使えるのかな⁇」
俺は勇者の上半身を無理矢理起こし、勇者の隣に座った。
勇者はすぐに横になって、俺の膝を枕にした。
勇者「もぐもぐもぐもぐ・・・・・オフォコにモフェルノウフォフフォ(男にモテる能力よ)」
うわっ、いらなっ。
俺をこんな姿に変えた勇者ですら、元の純粋な人間に戻せないらしい。
つまり俺は、半分男半分サキュバスとして、生きていかなければならないということだ。
元の姿に戻るには、勇者の白聖エネルギーとやらが必要で、それを手に入れる為には、勇者に直接触れ続けなければいけない。
勇者から貰ったエネルギーを、俺の身体にチャージする事が可能で、最大チャージで4時間だけ元の姿に戻ることができ、触れ合っている面積が大きいと、早くエネルギーを溜め込むができる。
ただし、元の姿で体を動かせば動かすほど、エネルギーの消費も多くなる。
エネルギーが切れれば、その瞬間にサキュバスに変身してしまう。
元の姿に戻っても悪魔の尻尾は残ったままで、これを引っ張る事によって、エネルギーが残っている場合のみ、元の姿とサキュバスの姿に切り替える事ができる。
尻尾の色で状態を確認でき、通常時は紫紺色、エネルギー切れの時は白色、エネルギー切れ1分前になると紫紺色と白色の交互に点滅する。
と、勇者直筆の説明書にはそう書かれていた。
勇者無しでは、最高で4時間しか元の姿を維持できない事を考慮して、なるべく俺はサキュバスの姿でいるようにしている。
勇者「つぅちゃん、大変よ‼︎‼︎お菓子が切れてるわ‼︎今すぐ買ってきて‼︎」
ピザを平らげた勇者は、ポテチを求めて台所を荒らしている。
椿「たまには自分で行けよ。それと、ちゃんと片付けろよ」
床には、食べこぼしや食器が散乱している。
この汚い部屋は、すべて勇者のせいだ。
勇者「ダメよ!今から戦場に行くのよ」
勇者は、ゲームコントローラーを握っている。
当然、口論になるが、勇者は子供みたいに癇癪を起こし、更に部屋を散らかし始めたから、俺は渋々買い物に行くことにした。
サキュバスの姿で外出する時は、角は帽子と髪の毛で隠し、コウモリの羽根は背中にピタッとくっ付けて、悪魔の尻尾は腰に巻きつける。
これで何とか隠せてはいるが、魔界のセックスシンボルであるこの姿で街道を歩けば、男達のいかがわしい眼差しが俺に向き、必ずと言っても良いほどナンパにあう。
なので、なるべく人気のない道を選んで歩く様にしている。
この姿でいると面倒だらけだが、良い事もある。
相手は男に限るが、買い物する時にはサービスしてくれたり、バスや電車など席を譲ってくれたりする。
今日もコンビニで、店員にポテチを10袋もオマケしてもらった。
俺が買ったのは、3袋だけだ。
更に、レジに並んでいた男性客にもカリカリチキン(フライドチキン)を奢ってくれた。
2人共、俺の連絡先を聞こうとしていたが・・・・
椿「ありがとうございます。また来ますね」
と笑顔で会釈をし、そそくさと店から退散した。
美人は得だなと自分の身で知ることができたが、争いを生む火種にもなる事も分かった。
店員と客は火花を散らしていたし、客は彼女と同伴していて、彼女の顔は鬼の形相をしていたところを見ると、後に修羅場になっている事は言うまでもないだろう。
誰もいない帰り道、スマホを取り出し、インカメラで自分の姿を見てみた。
椿「こんな女のどこが良いんだぁ?乳でかいだけだろ」
ついでだから、自撮りしてみた。
カシャッ。
椿「・・・・勇者のよりデカイな」
俺は自分の姿に少しだけ興奮した。
家に帰ると、勇者はコントローラーを握ったまま、床の上で大の字で寝ている。
相変わらず、部屋は汚いままだ。
だらしが無い勇者の姿を見て、流石に温厚な俺でもイラッとしたから、大きく開いてる勇者の口に、さっき客に貰ったカリカリチキン突っ込んだ。
それでも勇者は、眠り続けている。
俺は勇者をそのまま放置して、散らかった部屋の片付けと晩御飯の準備に取り掛かった。
数時間後、部屋を綺麗にして料理もできた。
勇者を見ると、口の中にあったカリカリチキンがなくなっていた。
勇者の周りを見ても、カリカリチキンはないところをみると、吐き出してはいない。
つまり・・・・・
椿「こいつ・・・・・寝ながら食いやがった・・・・」
まぁ、部屋が汚れるよりは良いけどな。
勇者「ほぉわぁ・・・・・・おはよう、つうちゃん」
じゃじゃ馬勇者のお目覚めだ。
しかし、なんて寝癖なんだ・・・・。
どんな寝方すれば、こんな寝癖がつくんだよ・・・・。
勇者の長く金色の髪は、直立している。
椿「もう夕方だぞ。言われた通りに、お菓子を買ってきたけど晩御飯の後な」
机の上にある先ほど買ったお菓子に指をさした。
勇者「こんなに買ってきてくれたの?!つぅちゃん、ありがとう!」
勇者はお菓子の山を見て、寝起きとは思えないほど大興奮だ。
まぁ、殆どもらったものだけどな・・・・。
椿「ご飯をそっちに持って行くから、机の上を片付けて!」
キッチンで、勇者のご飯茶碗に炊きたてご飯をよそう。
勇者「はーい!ふふっふふっふふっふ〜ん♪」
勇者は、元気の良い小学生の様に手を挙げ、鼻歌交じりでお菓子を床に置いて机を布巾で拭いてくれている。
いつもこれくらい素直だと良いんだけどな〜と染み染み思う俺であった。
勇者「ププッ」
勇者の笑い声が聞こえる。
椿「何?どうしたの?」
キッチンから顔を覗かせて、勇者を見た。
台拭きそっちのけで、ソファに寝転びながら俺のスマホを勝手見ている。
勇者のお手伝いの時間は5秒ももたなかった。
勇者「何自撮りしてるのよ。ちゃかり、斜め45°でキメ顔とか・・・・気持ち悪い・・・・サキュバスになってご満悦かしら?」
勇者は、ゲスい顔で嘲笑う。
椿「あぁ、この胸は誰かさんと違って大きいなと思ってな!」
普段は温厚で優しい俺だが、少しイラッとして勇者に嫌味を言ってしまった。
椿「痛ッ?!」
胸に激痛が走り、ご飯茶碗を落としてしまった。
下を見ると、勇者の手が俺の胸を鷲掴みにしている。
俺のスマホを見ながらソファに寝そべっていた勇者は、一瞬で移動して、後ろから俺の胸を襲い始めたのだ。
勇者「サキュバスにしたのは失敗だったわね。つぅちゃんは男だし、邪魔でしょ?取っちゃいましょう?」
見なくても分かる・・・・勇者は殺気に満ちている事を・・・・。
椿「バカにしてきたのは、お前からだろ‼︎イタタタッ‼︎いや・・・・邪魔じゃないです・・・・・取らないで欲しイタタタタタタッ?!!!」
少しずつ勇者の爪が俺の胸に食い込む。
ドロンッ!!
俺は堪らず、自分の尻尾を引っ張り元の姿に戻った。
サキュバスの大きな胸から平の胸になり、勇者の手から解放された。
椿「はぁ〜・・・・危なかった・・・・お前、いい加減にしろよ‼︎」
勢いよく振り向いて勇者を見ると、勇者は涙目だ。
ほんの数秒前まで、あれほど殺気に満ち溢れていたくせに、今は借りて来た猫のようだ。
勇者「大きい方が好きなの?私のじゃ小さい?」
勇者は、泣きながら甘えてくる。
感情の起伏が激しすぎてついていけない・・・・。
椿「いや・・・・そんな事ないです・・・・・」
ここで喝を入れてやりたいのだが、泣かれるとどうも怒れない。
勇者「嘘!私の胸が嫌いなんでしょ!?そもそも、私の事なんて嫌いなんでしょ!??」
勇者はその場で、蹲ってしまった。
うわー、めんどくせー・・・・・。
俺の彼女、めんどくせー・・・・・。
何で俺が悪者みたいになってるんだ?
数秒前に乳を捥がれそうになっていたのは俺なのに・・・・。
泣きたいのは俺の方なのに・・・・・。
と、内心ではそう思ってはいるが、俺はしゃがんで勇者の頭を撫でた。
椿「そんなことないよ。勇者の胸は好きだし、勇者の事は大好きだよ」
俺は何を言っているんだ?
勇者「グスッ・・・・じゃあ、チュウしてよ・・・・」
椿「はぁ?何で?!」
このタイミングでキスの要求するとは、意味が分からない。
勇者「やっぱり私の事なんて嫌いなんだ!!」
勇者は塞ぎ込んだ。
俺達は付き合ってるし、初めてするわけでもない。
これで泣き止むなら・・・・まぁ、良いか。
椿「分かった。しよう!キスしよう!」
勇者は顔を上げ、目を瞑って唇を突き出して待っている。
勇者「ん〜〜〜っ」
暴力は振るし、性格も悪い勇者だが、見た目だけは良い。
悔しいが、こいつは美人だ。
勇者の顔に自分の顔を近づけた。
椿「んっ?!・・・・・臭っ!!揚げ物臭っ!!ファレンの口臭いふんぬっ??!!!」
今度は、股間に激痛が走る。
勇者の右手が俺の股間を鷲掴みにしている。
勇者「あー、そうだったわ。さっきね、いい夢見たんだー。カリカリチキンを山ほど食べる夢。それでね、起きたら口の中がカリカリチキンの味がするの・・・・・どうしてかしらね?」
口は笑ってはいるが、目は笑っていない。
せっかく機嫌が良くなったのに、さっきのイタズラがここで災いを呼ぶとは・・・・。
今度はサキュバスになって、この危機から脱しなければ!
また乳を捥ごうとするかもしれないけど、こっちよりはまだ耐えられる!
俺は急いで尻尾を引っ張ろうとするが、勇者の左手が尻尾の根元を掴んでいて引っ張れない。
勇者「胸じゃなくて、こっち取っちゃわない?」
男になっても、女になっても、勇者がいれば俺の不幸は続くのであった。
椿「ご、ごめんなさぁぁぁぁあああああ!!!!!!!・・・・・・・・・・・・・・あっ・・・・・・・」