第3話:サキュバスにされました
見慣れた天井のシミがそこにある。
ベットの上にいる事が、それで確認できた。
周りを見渡すと、勇者が荒らしたはずのこの部屋は、嘘のように綺麗になっている。
隣にいる勇者は、いつも通り下着姿で寝ているところを見ると、昨日の出来事は夢だったのだろう。
重い体を起こして、寝ぼけ眼で便所に行き、チャックを下ろす。
本来なら、チャックの隙間から素直に出てくる筈のムスコが顔すら出さない。
手を当ててみると、あるべきとこに何の感触も無い。
ズボンとパンツ下ろして、ゆっくりと目を開き下半身を見ようとするが、自分の胸が邪魔で見えない。
椿「俺、こんなに鳩胸だったっけ?・・・・・・・・・・柔らかい」
それより、ムスコだ。
胸を手で押さえつけながら、上半身を前に倒して股を見る。
椿「おい、嘘だろ・・・・・」
昨日の出来事は夢じゃなかったと確信した。
急いで洗面所に向かい、鏡を通して自分の姿を見てから、天を仰いで一雫の涙を流した。
自分を落ち着かせてから、ベットに戻ると勇者はまだ眠っている。
俺をこんな姿にした犯人の見当は付いている。
こいつしかいない。
というか、こいつしかありえない。
俺は勇者の肩を揺らした。
勇者「んっ・・・・何よ?今日は学校ないんだから寝かせてよね」
勇者は目を開きもせず、起きる事を拒否。
再び勇者を揺らした。
勇者「・・・・・・・」
返事がない、まるで屍のようだ。
俺は諦めずに無言で、勇者を揺らし続けた。
勇者「・・・・・・・・・」
・・・・起きる気配が全くない。
勇者のくせに生意気な。
勇者が起きない時の対応は知っている。
ただ、これをすると勇者はすごく怒る。
普段なら躊躇するが、今日は迷わず勇者の耳に息を吹きかけた。
勇者「ハフンッ??!!」
勇者は掛け布団を吹っ飛ばして上半身を起こした。
勇者「い、いきなり何するのよ!!!それ、嫌いっていっつも言ってるでしょ‼︎」
寝起きの顔だが、眉間のシワが濃いところを見ると、勇者はおこだ。
勇者「はっ?あんた・・・・誰よ?」
勇者は首を傾げた。
・・・・こいつ本気か?
お前がオレをこんな姿にさせたんだろうが・・・・。
殴ってやりたいが、魔王を倒した勇者に敵うはずもない。
何百倍にして返り討ちにされるのがオチであろう。
椿「多分、あんたの彼氏だと思うよ」
勇者「はっ?・・・・・あー、そうだったわ。つぅちゃんだ・・・・・それじゃ、おやすみ」
勇者は疑いの目で俺を睨んだが、自分がした事を思い出した途端に再び横になる。
部屋の中が静かになった。
外から鳥の囀りと車やバイクの走る音が聞こえる。
カーテンの隙間から、太陽の光がチラチラ覗かせる。
昨日まで男女2人でいた空間が、今は女2人になっている。
おかしい。
今の勇者の反応はおかしい。
俺の体もおかしい。
おかしいものが溢れすぎてて、頭の中がパンクしそうだ。
オレは再び勇者の耳に息を吹きかけた。
勇者「ハヌンッ?!」
先ほどと同様に、掛け布団をぶっ飛ばして勢い良く体を起こした。
勇者「もうっ!!!さっきから何よ!!!怒るわよ!!?」
既に勇者は激おこだ。
椿「俺の体に何をした?」
勇者「はぁ?!・・・・・・・つぅちゃんがいけないんだからね!!」
説明になってない。
椿「俺は、勇者が俺の体に何をしたのかを聞いているんだが?」
勇者「私達の記念日を忘れて、何処の馬の骨かも知らない奴らと遊びに行った彼氏を魔物にしてやったのよ‼︎まだ人型で良かったでしょ?本当はスライムにしようかと思ったのよ!!」
勇者は更にヒートアップ。
俺も怒りたいが、冷静に、冷静に・・・・・。
椿「忘れた事は謝る。だけど、彼氏の体を改造するのはおかしいだろ。早く元に戻せ」
そもそも、付き合って1ヶ月ごとの記念日ってどうなんだよ!
というツッコミも入れたいが、話がズレてしまう。
今はやめておこう。
勇者「何なのその謝り方は??!!私はつぅちゃんの為にケーキを買ってずっと待ってたんだからね!!!もう1人で食べちゃったわよ‼︎バカ !!」
俺がいたとしても、いつも俺の分まで食ってるじゃねぇか‼︎
椿「体を元に戻してくれたら、ちゃんと謝る。土下座でも何でもするよ。だから早く戻してくれ」
勇者「はぁ??それが人に物を頼む態度なの⁇まずは、ちゃんと私に謝って!誠意を込めて謝って‼︎」
こいつ・・・・‼︎⁉︎本当に異世界を救った勇者なのか⁈
椿「いや、おかしいだろ?!こんな姿じゃ外も歩けないぞ!!それにお前は良いのかよ!?彼氏が角と羽と尻尾を生やした女になってんだぞ!?性別変わってんだぞ‼︎」
俺の尻尾が真上にピンっと立つ。
勇者「私は平気よ。つぅちゃんが、毎日コスプレして出歩いてる痛い人だと思われるだけだろうし。私は中身がつぅちゃんなら外見は何でも良いわ」
何を話しても自分主体で話を進める彼女にイライラが止まらない。
が、後半のはちょっと嬉しかった。
椿「うっ、い、いや、全然平気じゃねぇよ!!学校はどうすんだよ!?」
勇者「行かなきゃ良いじゃない。それより顔赤いけど、何?照れてんの?」
椿「て、照れてねぇよ‼︎」
見透かしやがって・・・・ちょっと照れてますよ!!
椿「そんなことは良いから、早く元の体に戻してくれ!」
勇者「無理よ」
椿「何で⁈」
勇者「無理なもんは無理よ」
なんて強情な奴なんだ・・・・。
仕方がない・・・・やるか。
椿「おいっ‼︎‼︎」
流石の勇者も、いきなり声を荒げた俺に驚いている。
勇者「な、何よ⁈」
俺は正座をして、両手を床に置いた。
椿「昨日は記念日を忘れて、友達と遊びに行ってすみませんでした‼︎元に戻してください!!!」
額が床に着くぐらい低い土下座を勇者に披露した。
まるで、浮気がバレた彼氏だ。
今の姿は、女だけど・・・・。
勇者「だから無理なんだって‼︎」
椿「はぁ⁈どれだけ謝れば、許してくれんだよ⁇」
ここまでしてもダメなのか・・・・⁈
土下座までしたんだぞ‼︎
勇者「昨日のは、今の土下座で許してあげるわ」
椿「じゃあ、何で戻してくれないんだよ???」
勇者「戻したくっても戻せないから」
勇者は肩をすくめて、両手の手のひらを上に向けた。
椿「はぁ⁈」
勇者「私は、人を魔物にする事はできるけど、人間に戻す事は出来ないのよ」
はい?
も、元に戻せない?
それなら仕方がないか・・・・・。
椿「いやいやいや!??俺は、一生この姿のままでいろっていうのか?!こんなメロンみたいにでかい胸いらねぇよ!!」
俺は自分の胸を鷲掴みした。
勇者「じゃあ、切っちゃう?」
勇者はチョキを出し、指先からビームの様なものが飛び出している。
椿「や、やめろ!!サイコパス!!」
勇者のチョキは、鉄をも容易く切ってしまう事を知ってる俺は、自分の胸を抱きながら勇者から距離をとった。
勇者「何よ、自分がいらないって言ったんじゃない。まぁ、完全に元の姿には戻せないけど・・・・ちょっと後ろ向いて」
勇者は気だるそうに立ち上がり、近寄ってくる。
椿「切るなよ!!」
勇者「切らないわよ!!」
俺は勇者の言われるがまま後ろを向くと、勇者は俺の尻尾を引っ張った。
椿「痛ってぇ⁈!何すんだよ‼︎・・・・・・んっ?」
俺は急いで洗面所に向かった。
鏡を見ると、見慣れた顔と体が写っている。
念のために便所に行き、股にぶら下がった愛しのムスコがあることも確認した。
これで全ての不安が取り除かれ、ほっと安堵の胸をなでおろした。
気分良く便所から出ると、勇者は洗面所で顔を洗っている。
椿「なんだよ、元に戻せるじゃないか。嘘つき」
勇者「嘘なんかついてないわ。戻ってないもの。ほら尻尾」
ビショビョに濡れた手で勇者が持ってるものは、俺の尾てい骨に続いている。
椿「はっ⁈何だよ、この尻尾は⁉︎」
勇者「だから完全には戻せないって言ったじゃない。引っ張ると、ほらっ」
勇者が尻尾を引っ張ると、俺は再びサキュバスに変身してしまった。
椿「マジかよ・・・・・」
俺は自分の尻尾と睨めっこしたまま動けなかった。
勇者「あぁ、そうだ!折角、早起きした事だし。昨日祝えなかった記念日を今日するって事で、デートするわよ!ほらっ!つぅちゃんも早く準備して‼︎」
暫く、勇者の鼻歌と蛇口から出る水の音だけが、この部屋に響いた。