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灰かぶりとリトル・ナイト  作者: 七水 樹
4/6

灰かぶりとリトル・ナイト(4)



 結局マシュマロは手に入らずじまいで、リトル・ナイトは空腹のままだ。親友が空腹だというのに自分だけ昼食を食べるのは気が引けて、エラも空腹のまま行き場を無くして校内をさ迷っていた。今日は叱られるのを覚悟してこのまま家に帰ってしまおうか、とエラが考え始めた時、思いもよらない形でマシュマロはやってきた。


「シンデレラ」


 あまり生徒がやってこない裏庭のベンチで、突然大きな声で呼びかけられ、エラはびくりと肩を跳ねさせた。何事だと立ち上がって振り返れば、眼前にはマシュマロの入った袋が突き付けられていた。ピントの合わないそれに、少し身を引くと、ヘンリーが見えた。


「ヘンリー……どうして」


 呆然として口を開けているエラに、ヘンリーは得意げな顔をしてマシュマロを掲げていた。むきむきマッチョな男が小さなマシュマロの袋を握っている姿は少々ミスマッチングである。


「お前がマシュマロを欲しがっていたと聞いてな」


 探したぞ、可愛いやつめ、と親しげにヘンリーは肩を抱いてくる。「マシュマロ」からイコールで「可愛いやつ」になる理由はよくわからなかったが、確かにマシュマロを食べたがる少女、となれば愛らしさはあるかもしれなかった。だが、エラの場合は自分が食べたかったのではなく、リトル・ナイトのために欲していただけだ。また誤解が生じるのは面倒だなと思っていたが、ヘンリーの口から出た言葉に、エラはまたしても呆然とすることになった。


「今朝のことを気にしていたんだな。俺様は心の広い男だからちっとも気にしていないが、お前は仲直りの印に俺様の好物を一緒に食べようと思ったんだろう?」


 べたべたと甘えながら猫撫で声でそう言われて、待って待って、とエラはヘンリーの腕から逃れた。


「君と仲直りに好物? 待ってよ、何のことだかさっぱりなんだけど」


 エラは首を横に振りながら言うが、ヘンリーは「照れなくてもいいんだぞ」と機嫌良く笑うだけで一向に話が進まない。混乱した頭を落ちつけようと、エラは片手で頭を押さえながら、えーっと、とヘンリーに質問をした。


「ヘンリー、君が今握っているものは何?」


「マシュマロだ」


「じゃあ、君の好物ってのは?」


「マシュマロだ」


 ヘンリーはさも当然とばかりに胸を張ってそう答えた。フットボールエースのマッチョの好物がマシュマロだって、と普段なら笑えそうなことも、空腹と疲労にくたびれている今は掠れた笑い声にしかならなかった。


 あまり頭を働かせたくはない状態ではあったが、ヘンリーの言動から察するに、彼はエラがマシュマロを友人に譲って欲しいと頼んだ理由を、ヘンリーと一緒に食べたいがためだと思っているのだろう。もちろんエラはヘンリーの好物など知らない。たまたま好物をエラが探していたというだけで、どのように飛躍させれば彼の結論に辿りつけるのだろうかと、エラは少し頭痛を覚えた。


「お前が探し回らなくとも、マシュマロぐらい俺様がいくらでも用意してやる」


 そう言ってぐっと顔を近づけたヘンリーは「ただし、俺様と一緒に食べる時だけだがな」と続けた。エラは今日何度目かわからないため息をつきながら、わぁ、それは嬉しいね、と鮮やかなまでの棒読みで答えた。


 ヘンリーは勘違いからすこぶるご機嫌で、先ほどまでエラが座っていたベンチにどかりと腰を下ろし、お前も座れと自分の隣を指差した。エラは向かい合って突っ立っているのも変だと、少し距離を開けてベンチに座ったのだが、すかさず腰に手を回されて引き寄せられて、意図せずヘンリーと寄り添う形になる。豪快に笑い声を上げるヘンリーに昼食はもう摂ったのかと問われ、食べてないけど何かお腹いっぱいだよ、とヘンリーの丈夫な胸筋に手をついて少し距離を取りながら答えた。


「シンデレラ、お前はもう少し食え。女はすぐに体重だなんだ、カロリーだなんだと騒ぐが、俺は肉のない女はタイプじゃない」


 無遠慮に二の腕を摩りながら、ヘンリーはどうでもいい情報を漏らしてくるので「そう、だったら私みたいなのはタイプじゃないよね、残念だな」と早口に返した。違う、そうじゃない、とヘンリーは食いついてきたが、大人しくエラが弁当を開くのを見て、まぁいいとその話題は終わらせた。


 エラはヘンリーの隣で窮屈な思いをしながら弁当を食べつつ、マシュマロをどうやってリトル・ナイトに与えようかと考えていた。一緒に食べようかと言いつつ、ヘンリーはまだ袋を開けていない。それが幸いして、リトル・ナイトはまだマシュマロの存在に気づいていないようだった。空腹のあまり、袋を開けた途端にリュックサックから飛び出してくる、なんてこともありえなくはないと、エラはひやひやしていたのだ。マシュマロを持ってきてくれたことはありがたいが、休み時間中ここに居座るつもりならばすぐにリトル・ナイトにご飯を上げることは難しい。いっそリトル・ナイトで爬虫類嫌いを追い払おうかとも思ったが、自分はそこまで鬼ではないつもりだ。


 どうにかして、一つでもいいからマシュマロをリュックサックの中に放り込んでやりたい。ついマシュマロの袋に視線をやってしまい、ヘンリーはそれに気づいたのかにやりと口角を上げた。


「何だ、シンデレラ。昼食の途中だと言うのにもうデザートに夢中なのか」


 ヘンリーはエラの前に袋をちらつかせる。さすがにこの音ではわかるまい、とエラは思ったがリュックサックの中でリトル・ナイトの跳ねる気配がして、まさか、と焦った。ヘンリーが持ってきたマシュマロは、普段エラがリトル・ナイトに与えているものと同じものだ。袋を近くで振った音に勘づいてしまった可能性はある。今開封するのは非常にまずいと思ったが、エラがリュックサックのチャックを抑えるよりも早く、ヘンリーは袋を破いていた。


 そしてその瞬間、エラの危惧していたことは起こった。


 目にも止まらぬスピードでリトル・ナイトは飛び出し、ヘンリー目がけて突進したのである。



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