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灰かぶりとリトル・ナイト  作者: 七水 樹
3/6

灰かぶりとリトル・ナイト(3)



 大嫌いな爬虫類を掴んでしまったショックから抜けきれない大男は、ひいひいと悲鳴を上げ続けていたが、エラが「そんなに慌てないで。ほら、ただのぬいぐるみだってば」とリトル・ナイトを掲げれば、ようやくヘンリーの悲鳴は収束していった。恐る恐る、という様子でヘンリーはエラの手の中に納まるドラゴンのぬいぐるみを見つめる。実際は本物のドラゴンなわけだが、空想の動物を信じろというよりは、よくできた作り物であると言った方が相手を納得させられるだろう。


「な、なんでお前がそんな気色悪いものを持ってるんだ」


 いつもの調子を取り戻したヘンリーはそう怒鳴り散らして、早く仕舞っちまえ、と顎でエラを急かした。ヘンリーが爬虫類を嫌っていたおかげでじろじろと観察されずに済んだ。ぬいぐるみと言ってみたが、触れば動くし呼吸もしている。他の相手であれば騙しきれなかっただろう。エラは内心冷や汗をかきながら、落ちていたリュックサックを拾ってそっとその中にリトル・ナイトを仕舞いこんだ。


「なんでって……その、お気に入りなんだ。可愛くて。そういえば君って昔からヘビとかトカゲとか嫌いだったよね。すっかり忘れてたよ」


 あはは、と乾いた笑いで誤魔化しつつ、ヘンリーの様子を窺うが、彼は酷く取り乱してしまったことを恥じているのか顔を赤らめて、鋭くエラを睨みつけた。指をつきつけて、ヘンリーは喚く。


「ああそうだ、大嫌いだ。いいか、二度とそんなもの俺様の前に持ち出すんじゃないぞ」


 持ち出したのではなくて勝手にリュックから出したんじゃ、とエラは小さく反論してしまったが、いいな、と大声で念を押されては頷くしかなかった。


 タイミングを見計らったかのように、授業開始を告げるチャイムが鳴り始めた。ヘンリーはまだ気が立っている様子ではあったが、さすがに自分の教室へ行こうと思ったのか鼻息を荒くしながらも、じゃあな、と言ってエラのもとを去っていった。


 エラはヘンリーがずんずんと遠のいて行くのを見て、盛大にため息をついて肩を落とした。朝からどうしてこんな疲労感に襲われているのだろうかと思いつつ、自分が向かう教室へと体の向きを変えた。そして、抱きかかえていたリュックサックの中を覗き込む。


「まったく、どうしてついて来ちゃったの。愛しのドラゴンちゃん」


 すやすやと穏やかな寝息を立てる小さなドラゴンは、ある日突然空から降ってきたエラの唯一の親友であり、恋人のように愛しく思う家族であった。





 その日の授業はほとんどと言ってよいほど身が入らず、頭にも入ってこなかった。自分が唐突に舞い降りたドラゴンと暮らしていることは、実の父にさえ秘密にしているトップシークレットであるというのに、その対象が学校にやって来ているというのだから、エラは気が気ではなかったのである。ヘンリーと遭遇した時は、リトル・ナイトを寝かしつけて難を逃れたが、元気盛りのチビドラゴンは一日中眠っているわけではない。授業の途中で起きてきて、翼を広げたいのか飛び立とうとするので、エラは必死になっれそれを止めた。リュックサックに入れても、鼻先でチャックを押し開けて外へ出てこようとする。教室の隅に座っているおかげで、背後からの視線に注意することはなかったが、それでも大きな鳴き声を上げられたらまずかった。一度だけ、エラに退屈だと訴えたのか、リトル・ナイトが声をあげたが、ちょっと風邪気味で、と咳ばらいをしまくってどうにか誤魔化した。


 休み時間を迎える頃には、疲労でエラはげっそりとしていた。机に突っ伏して、片手だけはリュックサックに突っ込んで指先でリトル・ナイトの相手をしている。時折甘噛みしてくるが、対して痛くはないので、これが一番怪しまれずにリトル・ナイトを隠せる方法であった。


 さてどうしたものか、とエラはリトル・ナイトの相手をしたまま考えていたが、人差し指に飛びついたリトル・ナイトがしきりに指先を舐めていることに気づいた。そっとチャックを開いて中を覗くと、丸い二つの目がそっと見上げて小さく、けるる、と鳴く。お腹が空いているのだと言うことはすぐにわかったが、あいにく今はリトル・ナイトの主食を持ってはいなかった。


 リトル・ナイトが好んで食べるもの、それはマシュマロだ。白くてふわふわしたあの飴菓子が大好きなのである。色の白さや、柔らかなお腹の触り心地など、リトル・ナイトはマシュマロとの共通点も多く持っている。リトル・ナイトのお腹にキスをすると、まるでマシュマロを食んでいるかのようなくすぐったい感触を味わえるのだ。


 さすがに家の外でマシュマロを与えることになるとは思っていなかったため、常備はしていなかった。空腹を懸命に訴えるリトル・ナイトはエラの様子を窺うように必死に指を舐めたり噛んだりしてくるので、これ以上我慢させるのは可哀想でならなかった。


 ふいに、くるりと外側に巻かれた不思議な形のリトル・ナイトの耳が、ぴん、と伸びあがった。それから、ふんふん、と何かにおいを嗅ぎ始める。それは、手の中にマシュマロを隠し持ったエラが部屋に入った時と同じ様子であった。ドラゴンは耳も鼻も、人間よりもずっと優れているのだ。


 エラは顔を上げて、周囲を見回した。するとすぐに、近くにいた女子生徒がマシュマロを摘まんでいるのを発見した。休み時間のおやつなのだろう。退屈と空腹を訴えるリトル・ナイトのために、一つでいいからそのマシュマロを譲って欲しかった。マシュマロにクローズアップしていた視線を上げ、女子生徒の顔を確認する。何となく、見覚えがあった。確か、ヘンリーのファンでエラを毛嫌いしている生徒だったはずだ。そんなぼんやりとした特徴から上げられる生徒はきりがないのだが、とりあえずその中の誰かであることは間違いなかった。駄目で元々、とエラはリトル・ナイトに大人しく待っているようにと小声で告げ、その女子生徒に近づいた。


 結果は、惨敗であった。取りつく島もなく、彼女のマシュマロ自慢をされただけで追い払われてしまった。何やらあれは、マシュマロ専門店で限定販売されている高級品だそうで、簡単に手に入る代物ではないのだそうだ。よりにもよって、なぜここにある選択肢がそんな面倒なものなのだろうかと、エラは深いため息をついてリュックサックを抱えた。マシュマロであれば、高級品でなくて良いのだ。


 ヘンリーのファンかつ、エラを毛嫌いしており、さらに金持ちのお嬢様ときたら勝ち目はない、最悪の組み合わせであった。



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