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灰かぶりとリトル・ナイト  作者: 七水 樹
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灰かぶりとリトル・ナイト(1)



 赤茶色の癖毛は古びたレンガのようにレトロで、色素の薄い緑がかった瞳は、眠たげな厚ぼったい瞼に遮られて苔のように褪せて見えると揶揄される。肌は白くも、鼻上のそばかすが目立って、それも嫌いであった。エラ・ウィルソンは年頃らしく、自分の容姿にコンプレックスを抱える少女であった。


 エラの呼び名が「シンデレラ」になってしまったのも、仕事に忙しく一人娘を構ってやれない父の世間一般から外れたセンスを遺憾なく発揮した灰色のぶかぶかの帽子をかぶっていたことを理由にした、からかいであった。けしてその名に相応しいようなストーリーが彼女に用意されているわけではない。


 けれど彼女には希望があった。魔法使いでも、王子さまでもない、灰被りのエラにだけもたらされた希望。


 それは、ある星の綺麗な夜に、空から降ってきた「小さな騎士」であった。





 学校に到着し自分のロッカーを開いてから、扉に設置された身だしなみ鏡に映った自分の顔を、エラは思い切りしかめていた。しかし鏡にはそんな顔の目元しか映らない。鏡に被さるように、汚い字で宛名が書かれた手紙が張り付けられているのだ。差出人は、確認しなくてもわかっていた。「親愛なるシンデレラへ」と皮肉めいた言葉が綴られ、その下に殴り書いたような字で、ヘンリー、と綴られている。毎度毎度ご苦労さまだよねと思いながら、エラはヘンリーからの手紙を剥ぎ取った。手紙と言っても大層なものではなく、ただの折りたたまれたメモ書きだ。読むに値しないなと一蹴して、エラはメモを開くことなく無造作にジーンズのポケットに仕舞いこんだ。型掛けのリュックサックを下ろしてロッカーに荷物を入れようとした時、ぬっと背後に人の気配がして、隣のロッカーをばん、と大きく叩く音がした。エラは驚くこともなく、背後の人物を察して気づかれない程度に小さく息を吐く。



「なぜ手紙を読まない、シンデレラ」



 この台詞も何度聞いたことかと思いながら、エラは「ハイ、ヘンリー。お早いご到着で」と苦笑を浮かべて振り返った。険しい表情を浮かべたヘンリーは、エラをじっとりと睨みつける。


「お前、今手紙を読まないままポケットに仕舞っただろう。俺様からの、手紙を」


 リュックサックを前に抱えてヘンリーと距離を取りながら、エラは乾いた笑いの後に、あー、と声を漏らした。


「もしかしてこれ緊急の用だった? それならてっきり携帯の方に連絡してくるかと思って。今急いでたから落ち着いてから読もうと思ってたんだよね、あとで、ゆっくり」


 エラの言い訳に、熊のように大柄な男であるヘンリーは唸り声でも上げそうな様子であったが、少し間をあけてから「なるほどな。それならいいだろう」と身を引いた。しかし、隣のロッカーに手をついたまま、ヘンリーは一向にその場から動こうとしない。荷物を置いて教室に移動しようと思っていたが、ヘンリーはいかにもエラに何か話したい様子であった。話しかける隙を与えるのは面倒だ、早々に立ち去ろう、とエラはヘンリーがついた手とは反対の方から抜け出そうとしたのだが、反対の手もロッカーに激しく叩きつけられて、退路を塞がれてしまう。こうなることは目に見えていたのだが、うまく巨体の男を追い払う方法が思いつかなかったのだ。


「シンデレラ、週末は空いているな?」


 ロッカーを背に閉じ込められたことに文句を言う前にそう問われ、エラは「週末?」と眉を寄せた。


「そうだ。今週末、フットボールの試合がある。俺様が大いに活躍する雄姿を、しかとその目に焼きつけろと伝えにきたんだ」


 自慢げにそう言うヘンリーは、我が校自慢の強豪フットボールチームのエースである。脚力、腕力はもちろんのこと、鍛え抜かれた彼の筋肉美は、他校の生徒からも脚光を浴びるほどであった。ヘンリーはうちの学校のヒーローであり、黄色い声援を好きなだけ浴びられる人間だ。だからこそ、応援に来てほしいというそれだけのことをこれほど回りくどい言い回しにしても誰にも否定されずに我が道を突き進めるのだ。ただ一人、幼馴染であるエラを除いては。


 素直に試合があるから応援に来て、とは言えないのだろうかと思いつつも、エラはヘンリーに返す言葉を探した。むさ苦しいマッチョの集まりに、灰かぶりが進んで行くわけがない、とエラは首を横に振る。


「ごめんね。お誘いは嬉しんだけど、週末はちょっと予定が入ってるんだ。残念だよ、本当」


 へらりと笑ってエラはその場を切り抜けようとしたのだが、予定とはなんだ、とヘンリーに食いつかれて、ええと、と言葉を濁らせた。


「……友だちに、頼まれたバイトのヘルプに入らなきゃなんだよね。どうしても行けないらしくて、代わりに」


 瞬間的にでっち上げた嘘であったが、口にしてみるとそれらしく聞こえて、言葉の最後は「だから応援には行けない」という響きを含んでいた。しかしヘンリーは訝し気な表情で、お前に友だちだと、と口の端を歪めた。


「助っ人を頼まれるような友人がいたとはな」


 痛いところを突かれたと思いつつも、失敬だなぁ、とエラは笑って見せた。実際、ヘンリーの言うようにエラにそんな友人はいない。そもそも学校でエラに構うのは、ヘンリーぐらいである。


「それは本当にお前がやるべきことなのか。友人だと言いつつ、いいようにこき使われているんじゃあるまいな」


 俺様の応援より優先すべきか、と呟かれてエラは眉を寄せながら視線を逸らす。心配の滲んだ言葉は嬉しくもあるが、それはあくまで彼が自分の応援を第一と考えているからであって、エラの健やかな学生生活を思ってのことではない。


「とにかく、そういうわけで週末は行けないんだ。あと、できればこの腕を退かせて教室に行かせて欲しいんだけど」


 エラは眉を上げてヘンリーを見上げながら、彼の逞しい腕をつん、と突いた。早く教室に行って、時間まで読もうと思っていた本があるのだ。とっとと解放してくれ、と歩き出そうとするエラに「何の授業なんだ?」とヘンリーはまたしても詰め寄るようにしてエラの動きを遮った。エラは再び鞄を盾のようにして間に挟んで距離を取る。彼の行動に伴う距離感は、人とは少し違うのだということは今さら気にしても仕方のないことだ。


「……ソフィー先生の科学だよ。資料集を持って行くつもりだったし、このまま直行するよ」


 面倒になってエラが適当にそう答えると、そうか、と言ってヘンリーはようやく腕を退けてくれた。





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