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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

いずれ世界は君のもの

作者: 丸晴eM

家族を…いや、友達も、知人も、全て亡くなった。

住んでいた村が獣に襲われたのだ。

生き残ったのは、一人の少女だけ。


タペル村の生き残り、リーネ。


自分の心臓の音以外何も聞こえなくなった頃、偶然村を訪れた旅人に助けられたリーネ。

彼女は旅人に教えられた洞窟を深く深く進んでいる。


壁に添わせた手の感覚だけを頼りに、目を開けているのか閉じているのかすら分からない暗闇の中を歩く。不安になり、時々自分で自分の頬に触れてみる。

偶に手は空をかき、心臓が止まるかと思うほどびっくりするが、ただ距離感を掴み損ねているだけで、さらに動かすと首に触れることができた。


いったいどれ程歩き続けただろう?

岩ではない、柔らかい何かを踏んだ感覚にリーネは動きを止めた。

屈み込み、手を伸ばす。分厚い布のようで、毛のようで、鱗のようで。少し暖かい部分もある。


「おい、どこ触って…っ待て待て待て触るな!…誰だよいきなり」


生き物かも知れないとリーネが思い至ると同時に、声があがった。

その音は響くことなく闇に吸い込まれた。

一瞬言葉に聞こえたが、既に音は飲まれ、どんな声だったか思い出せない。

幻聴だったか、死者の声か。


今の声は誰の声だったけ…。


リーネが思考を飛ばして反応できずにいると、今度は足元で黄色い光が2つ見えた。

踏みつけている何かが大きくなり、立っていられず落とされる。

平行感覚を失い今自分がどこを向いているのかすら分からない。

目印代わりに、ここに来て初めて見えた黒以外を探しその場でぐるりと回ってみると、バランスを崩して尻餅をついた。


2つの光はリーネを見下ろしていた。


「こんな所に来るなんて、正気じゃねえな。普通気が狂うぞ」


やはり人の声がする。

どうやらここには先客が居たようだ。


爛々と光る鋭い目をぼんやり眺め、リーネは緩慢な動きで首を否定的に振った。

私は正気だ、と言葉を訂正したかったからではなく、それは無意識の動きのようで感情は読み取れなかった。


「口が利けないのか?」


意識的に聞き取れるようになると、その音は初めて聞く男の声だった。


「…わたしはリーネです。あなたは誰ですか?」

「どこ見て言ってんだ、俺はこっちだ」


カツンと軽い音と共に、地面から壁へと光が伝う。

男が踵を鳴らし、何かをしたようだ。

急に明るくなったことで目が痛いぐらいだが、おかげで男の姿と自分の姿を確認できた。


目の前には、背は高いがまだ大人という年齢には至っていなさそうな顔立ちをした男がいた。

腕組をし見下ろす姿には威圧感がある。


「何しに来たんだ?…いや、いい。どうせ姉貴に言われて来たんだろ。自力でここに来れる奴なんて居るはずねえからな。何でも持っていけ」

「あの、今何をしたんですか?その靴は魔法具?」


この世界には、生活を支える為に魔法具が売られているがどれも高価なものだ。

火をつけずとも明るくなるランプや、食べ物を保管する冷たい箱等は街に行けば見ることができるが、何もないところから水を出したり空を飛んだりする魔法具を持っているのは地位のある金持ちぐらいだろう。

リーネの育った小さな村には何一つなかったので、全て話で聞いたことがあるだけである。


「いや俺の魔法だ」

「賢者さん…初めてみました」


その魔法具を作ることができるのが、賢者と呼ばれる魔法を使える人々である。

魔法とは生まれつきの能力なので、後からいくら頑張っても手に入れることはできない。

地域ごとに操れる魔法の種類は決まっているので、その地を治める種族への加護だと言われている。


賢者の素質がある人自体はそう珍しくもなく100人に一人程度だが、大抵はたいした力がなく少しの威力の魔法しか使いこなせない。

そういう人達は賢者とは別に魔法使いと呼ばれている。

男は、空間を明るくしたことから推測するに光の魔法を使えるのだろう。

摘める程度の光球ではなく、目の届く範囲を照らせていることからその力の凄さが知れる。


リーネが男を賢者と呼んだのは、魔法使いと賢者の違いを知らなかっただけだが、実際男は賢者と呼ばれることもあった。


「やめろ、これは借りものだ。俺のことはウォレグと呼べ。…いや、やっぱウォレグ様と呼ぶように」

「はい、ウォレグ様。あの、わたしを助けてくれたお姉さんが、ここに来たら生き延びられるからって…」

「そうだな、見れば分かると思うがここは宝の山だからな。大粒の宝石か金が運びやすくて高く売れるぞ。壷や武器も価値があるんだが…お前が運ぶには無理があるだろ」


ウォレグは話しながら、手振りで背後を示す。

久しぶりに人と話したのでウォレグのことしか目に入っていなかったが、そこはもう洞窟の最奥だった。


金貨が詰まれて壁となり、宝石が連なる装飾品が山のように盛られている。黄金でできたよく分からない小物や、リーネと同じぐらい大きい水晶の柱。話に出てきた繊細な模様がなされたいくつもの壷には、溢れるほどに剣が突っ込まれている。


「お前もどっかのイザコザでの生き残りなんだろ?ずっとここの金で生活しようとした奴もいたが、2回目で犯罪者と疑われて捕まってたから売る時は気をつけろよ」

「……くれるの?」

「まぁあれだ、姉貴なりの罪滅ぼしってやつだ。遠慮すんな。その代わりと言っちゃなんだが…あんまり姉貴ばかり恨むなよ」


最後の一言に、リーネは首を傾げる。

村が獣に襲撃された時、村で共同管理している牛の餌やり当番だったため、一人難を逃れたリーネはウォレグの姉に助けられた。

感謝すれど、恨む理由なんて何一つない。


「お姉さんはなんにも悪くない…です」

「へぇ?そんなこと言ったの、お前がはじめてだよ」

「わたしの他にもここに来たんですか!?」

「あー、違う。悪ぃな、昔の話だ。お前のとこの生き残りは、多分お前だけだ。…そういう決まりだからなー」


ウォレグの話だと、リーネの前にもリーネのように、助けられた人が居たようだ。


「その人は…お姉さんを恨んだんですか?」

「見ていたのに、街を救わなかったらしいからな。まぁこれはずっと見てたのを見られてた姉貴が悪い。いや、そもそも何度も姉貴が忠告してたのに無視した街の奴のせいだけど」

「そんなの、お姉さんは悪くないです!見てたからって…どうしようもないならしょうがないじゃない。自分だってそこに居たくせに…関係ない人の力を当てにして、恨むなんて、最悪です」


会ったこともない人物だったが、同じように助けられた身でありながら、自分の命の恩人を悪く言うその人にリーネは憤慨した。


リーネの村は森のすぐ傍にあり、獣に狩られないようにと家畜小屋は村を挟んで森と真逆にあった

何十匹も居るだろうと思われる遠吠えが聞こえたかと思うと、木の扉が軋む破壊音に窓ガラスが割れる音。悲鳴と、鳴き声と、唸り声。

日は昇ったばかりで、まだ寝ている人がたくさん居たのがまずかった。

村の異変に気付きながらも、リーネは足がすくんで動けなかった。

家と家の隙間から、見たこともない大きな獣が見えた時には、牛の餌である草の山に飛び込んで隠れた。

全員が名前を覚えている、小さな村だった。

皆の声が聞こえても、リーネは震えて縮こまることしかできなかった。


「わたしも、そこに居たんです…。怖くて、見ることすらできなかったけど」


いくら力を込めて耳をふさいでも聞こえていた声が聞こえなくなり、今度は耳をすませた。

周りに居る牛達は危機を感じていないのか、リーネが埋もれていた草を食べ終えるとすっかりくつろいでいた。

動く音が聞こえなくなった頃にのそりと立ち上がると、誰も居なくなった村を見回った。

家に入り、棚を全て空けて、箱をひっくり返す。

浴槽を覗き、寝室の布団をめくり、くまなく探すが誰一人居やしない。


二度、三度と同じように村を回り、すっかり暗くなった頃。


「お姉さんがわたしを抱きしめて、もう終わったよって…。わたし、お姉さんの胸で一生分泣いちゃいました」


まだ鮮明に記憶に残る光景が思い出され、リーネは震える自分の体を抱きしめる。


「そんなに悲しんだのに姉貴を許せるのか!小さいのに中々分かってるじゃねぇか、偉いぞ」


雑に頭を撫でてくるウォレグは、姉のように抱きしめてはくれなかったが、頭を撫でる手に少し心が癒された。

少しの間されるがままに頭を揺らされ続けたリーネは、深く息を吸い心を落ち着ける。

しゃがんでその乱暴な手から逃げ出したが、追いかけてきたウォレグの手が今度は顔を掴む。

顎を鷲掴みにされて驚いたが、近づいてくる顔にさらに慌てた。


「その目はウソじゃなさそうだ。気に入った!俺の弟子にしてやるよ」


生きていく為のお金は手に入りそうなものの、これからのことを考える余裕はなかったリーネ。

どこへ向かい、何をすればいいのかも分からなかったので、とても有難い申し出だった。


ウォレグがどのような人物なのか分からないままその身を預けようとするリーネは軽率だったが、まだ14歳のリーネは人を疑うことを知らなかった。

ただただ、一緒に居てくれるという言葉が心の支えになる。


「ありがとうございますウォレグ様…」

「おう、で?何て名前だっけ」

「リーネです。これから、よろしくお願いします!」


安心しきった笑みを浮かべるリーネだったが、笑えなくなる状況になるまでそう時間はかからない。

なぜなら、彼女はウォレグの姉なる人物に幻想を抱いてしまっているから。



……リーネの故郷、タペル村の襲撃を許したのは、他でもないウォレグの姉なのだ。



正確に言えば、違う。しかし厳密に言えば、そうだった。

ウォレグの姉は、この大陸の守護者である。この大陸に住まう全ての命を平等に守る義務がある。

勝手に領地を取り決め、土地を区切り、森を伐採していく人に対して、時には粛清を行うこともあった。

森の近くにあったタペル村は、近年開発が進み森を削る傾向にあった。

守護者たる彼女は、何度も"森に住む獣のことも考えてほしい"と、"大地を好き勝手に蹂躙してはいけない"と注意したが、聞き入れられることはなかった。


復讐を生まぬ為の、皆殺し。


村での生活、催し物を鑑みて、最も取りこぼしが少ない時期を見極めて獣達に殺戮を指示したのは、彼女だった。

偶然生き残った一人だけを助ける事を自分に許し、戦争を止める為に奪った宝を分け与える。

ウォレグも、そんな生き残りの一人だった。


ゆくゆくは記憶と能力を継承させ、自身の命が尽きたとき、ウォレグを次の守護者にと願っているが、今のところウォレグは拒否している。


ウォレグは、自分よりもよほど姉に同調できそうな、リーネを守護者にすればいいと考えていた。


語られぬそれぞれの心は、いつかぶつかり波乱を呼ぶ。

いつかは、いつ訪れるのか。

その時誰が、何を思うのか。



この地を守る守護者の話は、おとぎ話にも語られない。


誰も知らない物語は、いつの間にか始まり、いつの間にか、途絶えた。

思い込み・勘違い・すれ違い

下げて上げて下げてなお話。

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