2.オーバーロードA
機械の心臓が、動き出した。体から蒸気が出ることはなく、まるで人間のような姿をしているが、その身体に肉はない。
景色を視認。コンディション良好。現在の座標と自身の存在を認知。
「おはよう」
対象を視認。辞書を探索…登録No.1、『博士:私を創った者』。
「人がおはようと言った時はね、おはようと返すんだ」
―――おはようございます
「ああ、おはよう。いい挨拶だ」
そう言って笑う女性に、機械は問を投げかけた。
私の存在理由は何か。
「理由と来たか。それはとても困ったね」
しばらく考える素振りを見せて
「…人に近づくことだ」
私の外見はほぼ極限を極めたと言っても虚偽でないほどに人間であるが、そのうえで人間を目指すということなのか。
「そこまで褒めてもらえると作者としても嬉しいね。君は褒めるのがとても上手いらしい。だけどね、私が言っているのは外見の話ではなく、中身の話だよ。その観点から言えば、君は純然たる機械だ」
私の機械の心臓を、肺を胃を腸を脳をその他大量にヒトを模して創られたこれら全ての機械類を肉類と差し替えればいいのか、と機械は再び問い詰めるように問いかける。
「君がそこで内蔵された銃火器や刃物を取り出して私を襲おうとするような機械でなくて良かったよ」
自衛以外の破壊は非生産的行為だ。
「それについては後で討論しよう。取り敢えず、そうだね…当面の目標としては、優しさを知ってもらうことになるのかな」
優しさは定義が非常に曖昧だと反論する。
「だからそれを知るんじゃないか。曖昧だからと言って分からないと投げ出しちゃあいけないよ」
貴女の持つ優しさの定義とは…。
「いきなり答えにたどり着こうとするんだね。優しさとは自己犠牲と同義になったりするものだよ。誰かのために、自分が損をするんだ」
自分か損をし、他人が得をすることは非常に自分にとって不利なことである。
「その通りだね。だけど優しさを振る舞うものにとってそれは犠牲ではない。犠牲と捉えることなく損をしているんだ」
愚か者。
「違うね。優しさには結局のところ見返りがある。馬鹿みたいに優しい人間の周りには、同じように馬鹿ばかりだ。損と得はほぼ一定だよ」
ただの等価交換。
「それも違う。彼らは損得でなく、他人のためと捉えることなく、いとも簡単に自己を犠牲にする。自分の身の犠牲は犠牲ではないんだ。そして優しさの見返りをその人間は望んでいない」
そして、と続ける女性を機械はじっと見守る。
「優しさは温かさと同義でもある」
この冷たい機械の身体で、温かさを知れという難題に、それはじっと…ただじっとメモリの中の辞書を捲っていた。