7.曇った目でしか見られないもの
日暮 恵勇 ヒグレ ケイユウ 主人公。
アラネコ あらねこ 相棒。
不動 瑞子 フドウ ミズコ 笑顔が怖いクラスメイト。
和泉 風 イズミ フウ 主人公の隣の席の女子。
和泉 鈴 イズミ リン 風の妹。
藤谷 朱音 トウヤ アカネ 人。
神尾 翔子 カンオ ショウコ 人。
平優 タイラ ユウ 人。
東雲 海人 シノノメ カイト 人?
臙脂棗 エンジナツメ 人じゃない。
月曜。朝の教室はいつもよりも騒がしい。土日にあった出来事でも話しているのだろう。いいなぁ…休日に友達と会うの…。僕なんて被害に遭っただけだ。脇腹の傷はまだ癒えていない。伸びをしたり激しい動きをしたりすると痛みが走るのでなるべく安静にしていなければならない。
教室の会話の中身は、消えた神社のご神体がいつの間にか戻っていただとか和泉の妹が退院しただとか東雲がまた新記録を出したとか…最後の一つは本人が教壇の上で大声で叫んでいたので噂話とは呼べないかもしれない。
和泉の妹は無事に退院したのか。被害に遭ったほかの二人も無事に退院しただろう。犯人はいまだに見つかっていないので、恐らく警察は捕まえることのできない犯人を追っていることだろう。
「おはよう日暮」
「うん、おはよう和泉」
考え事をしていると和泉が登校してきた。また教室から出て放浪するのだろうか。事件が解決したことを知っている人間は僕らしかいないので、野次馬はまだいなくならないだろう。
「やっぱりアンタが学校にいるのは不自然だ」
「…僕はあと十日もその不自然を続けなければならないんだけど」
そうだ。僕は学校にもう一週間続けて投稿することを約束させられた。僕の発した嫌味に、妹と本当に似た笑顔を浮かべている和泉風という少女に。
「お疲れ様」
ご神体を拾い上げ、思わず座り込んだ僕にエントランスから自動ドアを開いて現れた和泉が言う。
「どこかで見てたのか?」
「途中からね」
「危ないから隠れて欲しいって言わなかったっけ?」
「大丈夫だってわかってたから」
まっすぐにそう言われると、何も言い返せなくなる。僕が勝つことを信じていたのだろうか。随分と過大評価をしてくれているようである。
「随分とすんなり済んだみたいだけど、お父さんになんて言ったの」
「君はもしかして無理だと思って代わったのか!?」
僕は本当に胃が千切れる思いだったというのに。
不動は笑って答える。
「まずそうだったら助け舟を出すつもりだったよ」
ホントホント。と付け加える。それが本当かという保証は全くない。
和泉の父親和泉誠一はお堅いご老人かと思っていたが、話してみるとかなり快活な人だった。ただ、どこかこちらを見透かそうとしている節があり、答えにくい質問もいくつか飛ばしてきた。
「君は、風とどんな関係かね?」
…これはなんと答えれば正解だったのだろう。全くわからない。
もう一つ不思議だったのは、彼との会話の中で藤谷朱音の話になった時のことだ。僕が「もう一度工学室を使わせて欲しい」という要望が来るだろうということを告げると、何故か彼は大きく笑い、それからの僕の条件をすべて承諾してくれた。
昨夜のことについての記憶を掘り起こしていると、和泉が気遣うような視線を僕に向け、こう言う。
「左腕、折れてなかった?」
どうやら腕をぶらんとさせていたところも見られていたらしい。実際、あの時は全く力が入らなかった。
左腕を持ち上げて指を伸ばしたり曲げたり、手のひらをぐっぱっとさせて見せる。彼女は目を丸くして、
「やっぱり普通じゃないね」
と言った。本当に失礼だ。左腕以外はちゃんと人間の体をしている。その証拠にわき腹からの出血が止まらない。能力を使ったせいか、出血量が増えているようにさえ感じる。視界がぼやける。あ、これ本当にやばい奴じゃないか…?
「ちょっと、もたれかかるならもっとムードのあるもたれ方してよ」
彼女が溢したセリフは途中から全く聞こえなくなり、失血で倒れた僕は折角の日曜を病院で過ごすことになった。
和泉という人間には本当に感謝をしているが、今回の条件として『更に一週間学校に来ること』を約束させられた。僕は不動とグルなんじゃないかと疑っている。
半分ほどに減ったプリントの束を机に置き、とりかかる。そのまま他所事を考えることなく手を動かし続けた。
帰り道、不動と隣に並んで歩く。お互い無言のままで大通りまで出る。夕日は相変わらず赤い。天然のチークが下校中の少女たちの頬を赤く染めている。それは不動瑞子も例外でなく、思わずその横顔に見惚れてしまった。
突然彼女が口を開く。
「解決したんだね」
「…おかげさまで」
一呼吸置いて、不動は呟いた。
「仲良くなれたかな、あの子たち」
それは問いかけと言うよりも、願望のようだった。
そんな優しい不動に、僕は話を聞かせる。
「いい話を教えてあげよう」
日曜の工学室で、黙々と何かを作る少女の話を。
夕日の照らす道の先、四人の少女が歩いている。彼女たちは仲が良さそうに談笑をしている。多分、嫌いな教師の悪口とか、今日学校であったことだろう。彼女たちは好きだった時間を取り戻したようだ。
そして、彼女たちはお揃いのキーホルダーを鞄につけている。それは銀ではなく、秋らしい茜色に染まった花を象っていた。その輝きは、彼女たちの笑い声とよく似ている。
だがどうやら和泉風の分は作られなかったらしく、彼女の筆箱にはまだ銀のウサギがついていた。彼女だけ仲間はずれなのは、いったい何の罰なのだろうか。
彼女たちの願いがかなったように、日暮恵勇の願いもまた叶っていた。女の子は笑顔のほうがいい。どうせならバッドエンドよりも、皆がハッピーエンドを迎える方がいい。
幸福な少年は知らない。茜色は日暮の色だということ。象った花は棗であること。少女は忘れないだろう。後悔ばかりだった出来事も、こうして思い出になるのだと。そして、自分を救ってくれた英雄を。
秋の日は釣瓶落とし。日暮の時間は短く、すぐに夜になるだろう。冷えた空気が冬の到来が近いことを告げている。
そして、今日も誰かが一番星に指をさす。
<終>
全てお読みいただきありがとうございます。
いかがでしたでしょうか。色々とツッコミどころはあるかと思います。
感想をお待ちしています。
今作はこれから続いていく話の第1章という扱いになっています。
次作もよろしくお願いします。