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偽物の憧れ  作者: 鳥焼火炭
Ⅰ 偽物の憧れ
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1.影

縦で読むことをおすすめします。縦書きPDFか、Word等にコピペして縦でお読みください。


ルビ振りの機能がよくわからなかったので登場人物の名前と読みを書いていきます。読みにくい名前で申し訳ございません。


日暮 恵勇 ヒグレ ケイユウ 主人公。

アラネコ あらねこ 相棒。

不動 瑞子 フドウ ミズコ 笑顔が怖いクラスメイト。

和泉 風 イズミ フウ 主人公の隣の席の女子。

和泉 鈴 イズミ リン 風の妹。

藤谷 朱音 トウヤ アカネ 人。

神尾 翔子 カンオ ショウコ 人。

平優 タイラ ユウ 人。

東雲 海人 シノノメ カイト 人?

臙脂棗 エンジナツメ 人じゃない。

「やめて…」

 部屋の中で、少女は泣き声を上げる。その右腕には大きな切り傷がついていた。壁や、壁に掛けてある鞄は切り裂かれている。少女は目にたまる涙を拭い、せめてもの抵抗をと、暗闇の中を駆け回る黒い影に焦点を合わせた。

 ユラユラとしていて常にその形は一定でない。どれだけ目を凝らしても、全体に靄がかかっているようにその姿を正確に認識することはできなかった。

 しかし、少女はハッとする。確かに、その影に見覚えがあった。

「朱音ちゃん…?」

 そう呼びかけると、影は動きを止めこちらをにらむ。その動きに確信を抱いた。

「なんで、なんでこんなことするの朱音ちゃん…!」

「…偽物が」

 冷たく、鋭い声。

「私の真似をするなぁぁあ」

 それは、少女に襲い掛かった。


 閑静な住宅街。今時閑静でない住宅街などあるのかと問われれば、答えに詰まる。

 更に時刻は午前三時。こんな時間に閑静でないとしたら、夜行性の人間が驚くほど多いか、地球の裏側の国か、吸血鬼の根城だけだろう。そのどれにも当てはまらない住宅街。

 最近の流行なのだろうか、白を基調とした清潔そうな住宅が多い。新しめの家々を探るように見て回りながら、夜闇を動く人影。

「ここか…」

 その中の一つ。塀に囲まれ、珍しく瓦の乗った屋根の家。西洋風だがどこか日本らしさを感じる、和洋折衷と呼ばれるものだろうか。言い換えるならどっちつかず。

「よっ、と」

 塀を越え、中へ侵入する。排水用のパイプをよじ登り二階のベランダへ降り立った。

 僕は空き巣ではない。

 窓に手をかざし、鍵を開ける。初歩的な魔術。足跡を残さないように気を使いながら部屋の中へ侵入する。

 重ねて言うが僕は空き巣ではない。ここでの空き巣はこの家には人が寝ているから『空き』ではない、ということではなく、僕は泥棒ではないということだ。

 部屋の中は年頃の女の子らしくピンク色や水色、ポップな色であふれている。かわいらしいアニメのキャラクターのぬいぐるみも置いてある。家を買ったときに両親にうまくおねだりしたのだろうか、中々に広い部屋だ。

 そして、かわいらしい部屋に似つかわしくない、床にべっとりと残った血の跡を見る。壁には何か爪のようなものでひっかかれた跡。

「やっぱり」

 この部屋では中学生の女の子、平優が昨晩襲われる事件があった。命に別状はなかったが、腕や腹を切られ、出血が多く今も入院をしている。

 容疑者は、

「同級生の女の子」

 そんなわけがない、と思う。壁の爪痕は人間の爪じゃまずつけられないし、人の腹の皮膚をかっ裂くことなど不可能だ。それも中学生の女の子ならなおのこと不可能だろう。

「狼少女じゃあるまいし…」

 KEEPOUTのシールが入り口に貼ってあり、ドアはひとまず撤去されている。

「入り口付近に傷跡がないな」

 犯人は窓から侵入したのだ。おそらく僕と同じ方法で。様々な侵入者の姿を思い浮かべる。どれもピンとくるものはない。わかるのはまっとうな人間ではない、ということだけだ。

「…そろそろ帰らないと」

 じっと観察を続けていたからだろうか、既に五時を回っている。誰かが起きてきて面倒くさいことになる前に退散してしまおう。窓の鍵を元通りにし、ベランダから庭へと降りる。

 傾いた月の光が薄く僕の影を作る。僕の姿と全く似ていないけれど、影を見るとなんだか落ち着いた。明日までに思考をまとめておこう。少年は黒いお供を後に引き連れ、住宅街を後にした。


 古びたビルの三階。かかっているプラカードには『日暮相談所』と書いてある。

 周りには特筆すべきものは何もない。駅から近いわけでもないし、大通りがあるわけでもない。大型のスーパーはないし、妙に薄暗いせいで不審者が多い。通っている学校へ歩いて行ける距離にあるというのは利点かもしれないが、そもそも僕は不登校気味だ。最近行ったのはいつだろうか。

 その相談所の扉の鍵を開け、ノブを慣れた手つきで回す少年は勿論不法侵入者ではない。…先ほどとは違って。

 日暮相談所の所有者、それは僕だ。日暮恵勇。ヒグレケイユウ。知恵も勇気も持ち合わせた名前だ。愛をどこかに忘れ、代わりに知恵がくっついた。なので頭はアンパンでできてなどいない。

 外はボロボロの建物だが、中身は壁紙を貼り、絨毯を敷いて掃除を欠かさないため、見栄えは悪くない。ただし擬態を少しでも剥がせば悲しいコンクリートが現れる。

 家具の類は多くない。ちょっと立派な作業机と、ふかふかの椅子。隅に置かれた観葉植物に応対用のテーブルとソファ。ちなみにそのソファで寝ころんでいる不届き物が一人。

「おかえり恵勇」

 人に猫耳をくっつけたような化け猫がソファで寝ころんだまま、帰宅した相談所のオーナーに話しかける。

「ただいま、アラネコ」

 彼女は化け猫である。人語を話し、姿形は耳としっぽが生えていること以外は人間そのものだ。金色に近い茶色の毛、よく散歩に出かけるため夏は終わったというのに日に焼けている。スレンダーな体をぐぐっと伸ばして欠伸を一つ。

 ホームズにはワトソンがいるように、主人公には相棒がつきものである。そして主人公の相棒といえば犬か猫。それも人語を話すものと相場が決まっている。近頃は鳥が相棒であったりもする。動物が人型になってしゃべっても、驚く人がいないというのはいささか狂っているような気もするが。

 相棒なのに僕の調査には「眠い」と言って同行してこなかった。今すぐにでもチェンジ!と叫びたいところだが、生憎しゃべる猫などほとんどいないので得策でない。

「どうだった?ニャにか問題はあったかニャ?」

 アラネコが問うてくる。

「いや、問題はなかった。大体予想通りだったよ」

 部屋の惨状を見るに、あれは容疑者の少女の犯行ではない。残っていた魔力の痕跡。深々と残った爪の跡。

 本当に、有り得ない。

「ほかの場所はどうだったの?」

 再びアラネコが問う。

 実は、部屋にいた中学生の女の子が夜中、同じ同級生の女の子とおぼしき人間に襲われる事件はこれで三件目なのだ。三件も別々の家を回ったせいで、帰宅はこんな朝になってしまった。どの事件もほとんど事例は同じだ。唯一あげられている容疑者は『藤谷朱音』という名の少女。

 おかしな話だ。扉も開けず、窓を割ることすらせず夜中に部屋に忍び込み、凶器を用意せず爪で襲い掛かり、足跡を残さず消え失せる。そんな所業がただの女の子にできるはずがない。

 ただしこれは、藤谷朱音が『ただの女の子』だった場合だ。

「妖か、それとも魔術師か」

「その線はニャいね~」

 呟いた言葉は即座に否定される。それもそうだろう。もしも十四年近くも妖が人に化けて生活していれば同じ存在であるアラネコが必ず勘付く。十中八九僕も気づくだろう。そして魔術師は一般人に対して襲い掛かることは少ない。最も、まともな魔術師に限るが。

 なら別の可能性。妖が人に化けている。

 でも、何故?

「直接会いに行くか」

「被害者に?まだ入院中じゃニャかった?」

「精神科医とでも名乗ろう。」

「悪い顔してるニャ、恵勇」

 いよいよ眠気が僕の頭を叩き始めたので、しばらく寝てから調査に出かけることにした。


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