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翼の鬼塚くん

作者: からすみ

あなたの身近にいる人は、本当に知っている人ですか?

 やってきた月曜日。憂鬱な一週間の始まり。現役男子高校生こと花澤優希(はなざわゆうき)はソファに深く座りテレビのニュースをぼんやりと見ながらバタートーストを口に入れていた。身支度どころか着替えもできていないパジャマ姿は黒い頭髪もボサボサとしてだらしない。


『今日また市内の高校性男女二人が行方不明になったとして、捜索が続けられています』


 朝から暗い話題が持ち上がる。だが優希はさして気にすることもなくパンを咀嚼する。

最近、優希の住む地域で行方不明者が続出している。優希が通う高校でも行方不明者が出ているが名前を聞いても「誰だっけ」と思うような者ばかりで幸いにも身近な友人はまだ誰もいなくなっていない。別のクラスであったり、不登校者であったり。


『今日は全国各地、雨模様。折り畳み傘が手放せないかも!』


 行方不明になった人数を数えていると暗いニュースは終わり天気予報になっていた。爽やかな印象を受ける天気予報士が暗く沈んだ雰囲気を払拭するように明るい声色で告げた。

 優希は以前「晴れてるから大丈夫」と高を括り大雨に降られた苦い経験があった。今日は生憎の空模様で天気予報を見ずとも傘は必要であることがわかっていた。

 トーストを無事に食べ終え歯を磨き顔を洗い身支度を整える。優希が通う私立高校は男女ともブレザーで重ね着が普通だったが優希はカッターシャツしか着ない。ネクタイも規定ではあったが優希は暑いと言って着けたことはなかった。

「行ってきまーす」

 親は休養旅行でいない。ただひとりの家に声が響く。

 傘立てから一本黒い傘を抜き取りスクールバッグを片手に玄関の扉を開ける。まだ雨は降っていなかった。


「……は?」

 優希は玄関で佇んでいた。一歩踏み出しただけなのに靴の裏から人の腹を踏みつけたような柔らかい不快感が伝わってきたから。

 恐る恐る見下ろすと倒れ伏せている青年がいた。

 だが異様なのはそれだけでは飽き足らず、真っ白なポンチョのような服一枚にブーツを履いただけの薄着に背中の肩甲骨辺りから白い羽根を生やした翼があり、頭の上にはどういう仕組みか天使の輪なるものが浮いていた。

 人間、本当に驚愕したときは絶句する。優希はまた無駄な知識を体感してしまった。

「あ、のー……生きてますかー」

 また恐る恐るといった様子で倒れている青年の肩を掴み揺さぶる。だが男にしては長い黒い睫毛はピクリとも動かず何も反応をしない。

 優希はため息を一つ吐くと青年を担ぎ上げ家の中に再度入った。

 優希は使命感に駆られ抗えなかった。救急車を呼ぶ、警察に通報するなどやるべき行動はいくらでもとれたはずなのに優希は。

 玄関で適当に靴を脱ぎ捨て朝座っていたソファに青年を寝かせようとして背中から広がる翼に頭を悩ませたが、倒れていた状態と同じようにうつ伏せに寝かせた。仰向けでは翼が折れてしまうのではないかと考えたからだ。

 それから家の固定電話で学校に連絡した。

「あのー、2年○組の花澤優希です。母は休養中でして家にいなくて、どうも調子が悪くて熱を測ったら38度2分ありまして……はい、欠席します」

 熱は嘘だが母親がいないことは本当だ。嘘と本当のことを交えて言うと嘘であることがバレにくい。それでも仮病でズル休みはそうそう使いたくないと優希は思った。今回は仕方ないものだと。

「…………」

 受話器を置き青年を見やる。今にも雨が降り出しそうな秋口の肌寒い外の冷たい石畳に頬までべっとりと溶けたように倒れていたせいか表情は険しい。

 どうにも放っておけず二階へ上がり押入れから出したばかりの厚手の毛布を一階へ引きずり下ろす。それを他でもない翼の生えた青年にかけてやる。

 欠席したはいいものの、それからの一日はとてつもなく長い。また母親がいないおかげで炊事洗濯は全て優希がやることになっている。

 自分ひとりの分なら苦労することもないが人が増えるとなると少し違ってくる。

「うぅん……」

 青年を見やり考えあぐねていると気がついたのか青年が毛布の下で身じろぎする。

「ぶっ!」

 体が身じろぐと翼も身じろぐのか、ばさっと翼が広がり優希の顔にクリーンヒットする。その拍子に毛布がフローリングに落ちるが、それに気をかけるより先に青年が体を起こす。

「なにすっ……」

「…………」

 青年が体を起こすと必然的に優希と目が合う。

 寝起きの眠そうに細められた目が優希を見つめる。日本人にしては薄い焦げ茶色のくせっ毛に赤い垂れ目、古代ローマ帝国を彷彿とさせるような白いローブ。そして何より人のものではない頭の上の光る輪と背中の白い翼。

 翼が直撃したとき起きた反論しようとする気持ちは目の前のソファに寝そべっていた非日常を前に失せていた。

「……拾ってくれたの?」

 しばらくの沈黙を破り背丈に釣り合わない高めの声がリビングに広がる。口を少ししか動かさないせいで声は小さい。

 優希は初めて発せられた言葉に反応が遅れてしまっていた。

「あ、ああ。そりゃあ人様の玄関前に倒れられちゃあな……」

 青年が物怖じせず優希に関わってきたせいか、優希は気圧されバツが悪そうに頭を掻きながら答えた。

 青年はというとリビングを見渡し状況把握の真っ最中で優希には対して関心を示していない。

「えっと、さ」

 その様子に優希は沈黙だけでも何とかしようと今度は話しかける。青年は見渡すのをやめ優希を見た。目線だけで返事をしたのか、続く言葉を待つように促すこともなく黙っている。

「体、冷えてるだろ? なんか温かいモン飲む?」

 優希は足を組み替え頭を掻きながら尋ねる。変に怖い印象を持たれないように笑おうとするが口の端が引き攣るだけで逆におかしな顔をしてしまった。

 青年は優希の様子に、我慢の限界だったのか鼻を鳴らし苦笑した。続けて優希を落ち着かせるように目を細めてソファの背もたれに肘を置き言った。

「そんなに緊張することはないのに。コーンスープが飲みたいな」

 優希はというと鼻で笑われたことが少なからず気に食わなかったのか笑おうと引き攣った頬はどこへやら、少しムッとした表情で

「温めるのに時間がかかるけどな」

とぶっきらぼうに言った。青年は対して堪えていないのかキッチンへ行こうとする優希の背中に向かって挑発するように

「冷まさないうちに持ってきてね」

と言った。

 外では豪雨が降り出し、激しい雨音をたてていた。

「お前が金髪ロリの美少女だったら良かったのによ」

 数分後、鍋の湯で温めたコーンスープとそのカップをリビングのソファに座る天使の青年に手渡しながら言った。

「なーんでこう……なんでお前男なんだよ」

 非日常ってのはもっとロマンに溢れてるもんだろ?と力説せんばかりに拗ねた優希はジトと青年を見やりガックリと項垂れた。

 青年はソファの真正面に設置されているテレビに映るニュースを見ていたが、嘆く優希からコーンスープを受け取ると反論した。

「人の言葉を借りるなら『ラノベの読みすぎ』かな」

 カップに入っていたスプーンでコーンスープを一口飲む。

「うるせー! ラノベが何かも知らねえだろ」

 すると可愛げがないと優希が更に反論した。隣に座るのも憚られるのか立ったまま青年を見下ろし言った。

 それに大きくため息をつき優希を見上げ意気揚揚と言った。

「君ね……僕は天使なんだから容姿さえ気にしなければ欲望を満たすこともできる。つまり高望みしすぎなんだよ」

 コーンスープをカップからグイと直接飲む青年を優希は信じられないと言いたげな顔で見やる。

「あのな……容姿ってのは結構重要だぞ? お前はどこからどう見たって男だ」

 早く飲み終われとつま先でフローリングを叩く。優希はじわじわと青年に対する苦手意識を自覚し始めていた。

「ホモセクシャルっていうのもあるんでしょ? 愛に種族も性別も関係ないって」

「俺はホモじゃねえよ!」

 言い返すと同時に青年がニュースが流れているテレビを指差す。それに従い優希も見ると海外の同性結婚制度が可決したことを知らせていた。爽やかに読み上げるニュースキャスターもこればかりには複雑な表情を隠しきれないようだ。

「お・れ・は! 女にしか興味ねえの」

 個人には個人の嗜好があると強調して言うも青年はめげずに続ける。

「大丈夫だよ。僕には両方ついてる。なんたって天使だからね」

「この世で一番いらねえ情報どうも!」

 青年がコーンスープを飲み終えたのを見計らいカップを手からひったくるように受け取る。

 どうも青年は心臓に悪い。早速優希は家に上げたことをキッチンに向かいながら後悔していた。

「ああ、コーンスープっていうの? ありがとう。美味しかったよ」

 手持ち無沙汰になった青年は思い出したように笑みを浮かべて礼を言った。それに優希は目を丸くして言葉を失ったが、すぐに照れくさそうに応えた。

「ま、まあ……売ってるやつだから美味くて当たり前だろ?」

「ふうん…………?」

 青年が興味なさげに相槌をうつものだから優希は少なからずムッとしたが、ソファの背もたれから身を乗り出し羽を伸ばす青年と目が合い気まずさから足早にキッチンのシンクにカップを雑に置く。スプーンが跳ね高い音を立てる。

「そういえばさ、名前とかあんの?」

 甲高い金属音につられるように優希が大声でリビングにいる青年に聞いた。優希はシンクに腰掛け返事を待ったが、ささやかなニュースの音しか聞こえてこないのに違和感を覚えリビングに戻った。

 青年は膝を抱えニュースを黙って凝視していた。

「おい?」

 優希には後頭部しか見えなかったが、その光景が異様な気がして恐る恐る声をかけると青年はようやく振り返った。先ほどの言い争いのとき浮かべた意地の悪い笑みをたたえて。

「ん? なに?」

 聞いていなかったのか再度青年は優希に聞き返す。

 優希は青年の様子に違和感を覚えながらも、また青年に言った。

「お前、名前は?」

 優希の言葉にああ、と青年はようやく質問を認めた。少し首をひねりうーんと唸りながら周囲を見渡すと、優希を見据えて言った。

鬼塚蒼太(おにづかそうた)

 名前だけ言い、蒼太はまたニュースを見始める。

「それはそうと、しばらく置かせてよ。外の天気は最悪だし」

「はあ?!」

 悪びれることもなく蒼太は足を伸ばし、くつろぎ出す。それに優希は抗議の声をあげるが聞く耳持たないようで蒼太は完全にソファに寝転がった。



「おはようございまーす……あ、はい。ただの風邪だったみたいで」

 蒼太には昔使っていた布団一式を貸してやり狭い自室でろくに寝返りもうてないままの翌日、校門で担任の教師に声をかけられ心配された。何のことはないと優希はあっけらかんと返事する。

「先生―おはようございまーす」

「……なんでお前まで来てるんだよ!」

 後ろから付いてきている蒼太を振り向き咎めながらも校門をくぐる。教師はさも蒼太が元々生徒だったかのように挨拶を返している。

 家の中でも散々振り向いて(とが)めたが「大丈夫だって」と言って聞かない蒼太に根負けし仕方なく登校したところを勝手に付いてこられた。

 一晩でどこからか制服とバッグをもう一式こしらえてきたのも疑問だったが蒼太は笑ってごまかした。

「なんでセンセーはお前のこと咎めねえんだよ」

 そのまま蒼太は教室まで入り、当然のように優希の前の席に座った。優希がそう蒼太に言うと椅子をまたいで振り向いた蒼太が楽しげに言った。

「僕は天使だからね……少し先入観を崩すだけで僕が集団の中にいても違和感を覚えないのさ」

 ブレザーに身を包む蒼太は頭の上の輪はもちろん、背中から生えていた翼もない。人となんら変わりない姿かたちをしていた。

「…………」

 蒼太が言ったことを理解できず優希はスクールバッグから筆箱と課題を挟んだファイルを取り出す手を止めながらも何も返せずにいた。

「おーいホームルーム始めっぞーおい鬼塚―前向けー」

 そこへ担任の教師が教室に入り教卓に書類諸々を置いて言った。その声に咎められた蒼太はいつものこととうんざりしたような声色で

「はーい」

と言い前を向いた。

 不可解さに頭をガシガシと掻くが朝の騒がしさは身を潜め静かな教室では蒼太は流石に振り向いたりしなかった。


「よーお優希……ゲッ鬼塚じゃねえの」

 ホームルームを終えた少しの放課に入学当時から知り合っていた優希の友人、矢野(やの)雅人(まさと)が机に近寄ってきたが蒼太を見た途端に顔をしかめる。

「失礼だな雅人、僕は何も関係ないって前から言ってるだろ」

 雅人に向き直り指をさしつつも冗談半分に言い返すように蒼太が言う。

 優希はすぐに気づいた。蒼太が言っていることは嘘だと。

 雅人はそれにつられるように話題を続ける。

「いやぁそうは言ってもよ……やっぱ気になんの」

「え? なに? 何の話?」

 雅人が続けようとするところに強引に優希が割って入る。二人は優希にはわからない話題を持ち上げようとしていることを感じ取ったからだ。

 それに答えるように雅人が半分呆れ交じりに言う。

「優希知らねえの? 最近この学校で行方不明者続出してんだぞ?」

 優希はポカンと開いた口が塞がらなかったが、そういえばと蒼太を拾った日の朝を思い出した。

「ああ、そういえば……」

「そういえばってなんだよ! 次はお前かもしれねえぞ~」

 雅人が優希を小突きながらからかう。蒼太もそれに乗じるように頬を引っ張りながら言った。

「そうだよ~優希危機感なさすぎ~」

「いへえ! ひゃめろ!」

 何が嬉しくて男二人に顔面をいじられたりしなくてはならないのか、だが一人の半分は異性であることを思い出し朝から何とも言えない感情に襲われた優希だった。




 蒼太が違う教科の移動教室により優希は雅人と話そうと席を立とうとしたが、雅人も同じことを考えていたようで席を立つ必要がなくなる。

「鬼塚ってよ……おかしいって思わねえか?」

「あ?」

 だが雅人の口から聞くことができたのは優希にとって快いものではなかった。

「蒼太がいないからって悪口か? 案外湿っぽいんだな雅人」

「そうじゃなくてよ」

 雅人が持っていた次の教科の用意を優希の机に置き立ったまま話し続ける。

「鬼塚は行方不明者全員と友達だったんだぜ? な、おかしいだろ?」

 参考人になりそうな蒼太は何事もないように優希にくっついて学校へ登校してきた。

「別に変でもないんじゃねーの……?」

だって昨日玄関先に倒れていたんだから……とは言えず首をひねり逆に聞き返す。

 蒼太が天使であることは口外してはいけないと謎の使命感に襲われ、それ以上は何も言わなかった。

「……優希がそう言うなら何も言わねえけどさ」

 雅人はそう言うと優希の机に置いていた授業の用意を手に机を移動した。




 雅人が忠告し怪訝そうにしかめた顔を忘れられないまま、その後何も起こることなく下校する。

 蒼太は優希に構うことなく先に下校しており、すでに優希の家のソファでくつろいでいた。

 登校の時は締めたはずの鍵が開いていたが、蒼太なら造作もないことと優希は納得した。

「あれ、お前そんなの持ってたっけか」

 ソファでくつろぐ蒼太の横には大きな瓶が背もたれに立てかけてあった。

 蒼太はカッターシャツのまま翼を出し羽をいじっている。

「昨日なかったものが今日ある。何も不思議じゃないでしょ?」

 蒼太は得意げに優希に言った。

「そうだけどよ……」

 教室ではその邪魔にしかならなさそうな瓶など持ってはいなかった。そしてさっさと下校してから店でそうそう売っていなさそうな大きさの瓶を買う余裕があったかと疑問が拭えない。

「天使だから『御都合主義』なの。ご理解いただけたかい?」

 流されているような気が拭えず優希は肯定も否定もできずにいた。理解はできるが納得はいかない。複雑な心境に眉を顰めた。

「じゃあ僕は友達と会う約束してるから」

 優希が困惑しているのを知ってか知らずか蒼太はいつもの意地悪い笑みを浮かべて瓶を脇に抱え立ち上がった。

「それ持って?」

「僕にとっては大事なものだからね」

 優希が信じられないと言いたげな顔で言ったことに心外だよと蒼太が言い返す。

「じゃ、晩ご飯はオムライスで」

「サクッと居候宣言かよ!」

 蒼太は玄関のドアに手をかけながらも図々しく晩ご飯を指定し、颯爽と外出した。

「図太い……」



『速報です。先ほど、また行方不明者が出た模様です。現在行方不明になっているのは市内の高校生数人で……』


 キッチンに置いてある簡易テレビの夕方のニュースがまた行方不明者を知らせる。

 優希は卵をボウルでときながらも聞いていた。

 図太いと蒼太を呆れてはいたものの応えてオムライスにしようとしている優希は律儀なものである。

「ただーいまっと」

 そこへ蒼太が帰宅してきた。相変わらず大きな瓶を脇に抱えて。

 だが外出時と違う、瓶には中身が入っていた。

「何詰めてんだよ」

 瓶の半分ほどまで煌びやかに光る球が入っている。光っているせいか素材は振り向いて目を細めても分からない。

 蒼太は得意げに踏ん反り返りながらキッチンのテーブルにつく。

「ナイショ。集めるとイイことができるものだよ」

 素材も用途も何もかも得体の知れない物を持つ蒼太を怪訝そうに見つめたが、堪えていない。

 それどころか優希をおちょくりだした。

「律儀にオムライス作ってくれるんだ?」

「ちげえよ! 考える手間が省けただけだ」

 蒼太の流れにまんまと乗せられ瓶の中身がなんなのか、すぐに気にならなくなった。





 翌日、その翌日と蒼太は登校を続け、その都度雅人に忠告を繰り返し受けた。

「鬼塚……本当に優希の昔からの友人か?」

「はあ? 失礼だな」

 雅人は優希と蒼太を離そうとしているのか、日に日に無礼なことも構わず言い出すようになった。

 そして変わらず蒼太は下校し帰宅した後に友人と約束があると言って大きな瓶を脇に抱えて外出する。



『鬼塚……本当に優希の昔からの友人か?』


 雅人の声が頭から離れず、過去に鬼塚蒼太はいないことを確かめるために本棚に入れっぱなしにしていた中学生のときの卒業アルバムを引っ張り出した。

 つい数日前に会ったばかりの、人ですらない生物が過去にいるはずがないと思い込もうとしているが、優希自身確信が持てなかった。

 無造作に開いたそのページは同じくして卒業する同級生からのメッセージを書く白紙のページだった。

 中学生の卒業アルバムには、不相応な幼稚な線でペン書きのメッセージがあった。


同じ高校でもヨロシク 優希


 ゆうき。そこにはメッセージだが差出人に当たる名前にはそう書いてあった。

 優希はまさかと思い児童の写真と名前のページをめくる。

 同じ組のページから見ようと開いたが、もうページをめくる必要などなくなる。


花澤 優希


 中学生3年生特有の子どもっぽさと大人びた雰囲気を同時に持つその写真の顔は、今の自分とは似ても似つかない野球少年のような顔だった。笑顔のそれは雰囲気が明らかに違っていた。

 そして不可解な名前。花澤優希は自分のことのはずと優希は頭を抱えた。

 そして肝心の鬼塚蒼太も同じページで苦笑していることに、また頭を悩ませた。


『瓶の蓋には絶対触らないでね?』


 蒼太はそう言った。キラキラと光る中身の球を何かも説明することなく、ただ触るなと。

 蒼太は近場のコンビニまで買い出しに行っており家には他に誰もいなかった。

 ソファの上には中身がギッシリと詰まっており光を放つ抱き枕ほどの瓶が置いてある。 蓋はキッチリとはめられており少し振り回した程度では到底開きそうにない。

 優希は悪いことと思いつつ瓶に手を伸ばした。抱き抱えると、わずかだが確かにある質量を感じ取る。

 中の光る球は色とりどりに発光しており、ほのかに暖かさを感じる。

 優希は言い知れない心地よさに睡魔に襲われることにも(いと)わなかった。

「何してるの……?」

 ドサ、と重苦しい音と共に聞こえた声に気付くまでは。

 ハッとして玄関のドアを見やると今にも雨が降り出しそうな空をバックに蒼太がレジ袋を手から滑らせ落としているところだった。顔面は蒼白、目は眼窩(がんか)からこぼれ落ちそうなほど見開き優希を見つめた。

「あ、いや、これは……」

「君も触っちゃったんだね」

 蒼太はクスクスと笑いながら翼を広げた。頭上の輪が煌びやかに輝く。

 優希は身の危険を感じソファから飛び降りたが蒼太が翼を広げているせいで玄関からは外に出られない。

 蒼太が一歩一歩ゆっくりと近付き、優希がそれに合わせて後退し始めたと同時に蒼太の上体が大きく前のめりになった。

 蒼太の後ろには、回し蹴りしたであろう雅人が立っていた。怯んだ隙に蒼太を羽交い締めにする。

 蒼太はすぐに赤い瞳を雅人に向け抵抗を始めた。

「蒼太! 瓶を割れ!」

 優希は蒼太と言われたが即座に自分のことだと理解し、ためらったが取っ組み合いになっていて必死の形相の雅人に気圧され両手で瓶を高く振りかざしフローリングに叩きつけた。

 ガシャンと派手な音を立てて瓶が粉々になる。同時に中に入っていた発光する球が重苦しい空に向かっては消える。

「瓶が割られちゃったんじゃあ……集められないから仕方ないか」

 蒼太は雅人の腹部を蹴り距離をとる。

「蒼太……そいつは天使なんかじゃない、魂を回収するためになりすました悪魔だ!」

「フフ……言われちゃったか。でも『蒼太くん』、矢野の一言で改変が修正されるなんて……面白いヤツだ」

 天使に化けていた悪魔は蒼太に手を振りつつ真っ黒に変色した翼を広げ笑みをたたえて天へ向かって羽ばたいた。

「待て!」

 雅人も後を追う。以前の悪魔よりも真っ白で均整のとれた翼を大きく羽ばたかせる。

蒼太は重苦しい空を見上げたまま、その場にへたりこんだ。






 翌朝、母親が帰宅したと同時に行方不明者が何事もなかったかのように家に帰宅してきたことを驚愕するニュースが報道された。

「こんなことがあったのね~……蒼太は大丈夫だった?」

「ああ……平気だよ」


『続いてのニュースは、先日から続いていた行方不明者続出の事件についてです』


「……」

 蒼太は自室に戻り、大きな瓶を見て口の端を吊り上げた。

 抱きしめた魂の温もりは忘れられなかった。


『市内高校性の花澤優希くん、矢野雅人くんの二人が未だに帰宅しておらず……』


おわり

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