プロローグ
【 プロローグ 】
佐川県民の主食は、うどんです。
白米は、食べる習慣がありません。
誰が何と言おうと、うどんです。
県の名前も、近々平仮名のうどん県に変わるらしいので、かなり本気です。
日本一面積が小さい県ですが、メッチャ負けず嫌いです。
昔から小金をしぶとく蓄える気質があり、県民の貯蓄率は、ダントツで全国トップだったりします。
羽振りの良さは群を抜いて居て、有効求人倍率が全国1位であることからも景気の良さが窺えます。
莫大な負債を抱えたとしても、それを資産の一部と見なして励みとし、更に運用して行こうという逞しさがあるのです。
学校教育にも力を入れており、旧制幕末中学と幕末女学校が前身の県立幕末高、県立春雨高、栗鳥栖公園駅から直ぐの市立幕末一高が進学校として有名です。
私立の御手洗高も進学校として有名ですが、地方では、頭の良い子は国公立のお金のかからない学校に行くのが当たり前の伝統がしぶとく根付いており、あくまでも県立のすべり止めとしての立ち位置になります。
扨て、此れからが本題です。
実はもう一つ、特筆すべき学校として、市立幕末一高の隣に、市立幕末着物高があります。
全国でここにしか無い着物コースだけの高校ですが、偏差値は隣の市立幕末一高とほぼ同じです。
当然ほとんどの生徒が、大島紬大学や江戸小紋大学、京都友禅大学などの伝統校へ進学しています。
一応共学ですが、男子は学年に1、2人で、一般には幕女と呼ばれて女子高の様相を呈しています。
制服は当然着物です。
その艶やかさは、幕末市に可憐な華を添えております。
実のところ、佐川県幕末市では、結婚すると、着物しか着ません。
伝統を異常なまでに重んじる風土から生まれた慣習で、既婚女性の洋装化を市の条例で全面禁止しているんです。
しまくらやザンギといった大手の洋品店が幕末市への市場開拓に挑みましたが、敢え無く全敗し撤退していきました。
かといって市の独裁政策という訳ではまったく無いのです。
驚く程、小粋に着物を着こなしてしまう素敵な奥様、お母様、お祖母様が市内に溢れているのです。
男性からの熱い圧倒的なエールはもちろんですが、ほとんどの既婚女性からも絶対的な支持を得て、市民投票で制定された経緯がありました。
とは言え、直ぐに市民に受け入れられる市側の体制が出来上がっていた訳では決して無く、辛く哀しい、まさに暗黒の時代がありました。
条例が制定されて間も無くの頃、当時のワンマン市長に独裁権限が与えられていたのです。
違反が発覚した場合には、市外追放処分にさせられたり、若妻の場合は知らんぷりしてドバイに売り飛ばされりしました。
たまには洋服でも良いじゃん、ミニスカートの股から脚が生えててもええじゃろが!という若年齢層の地下組織が事あるごとに反発しテロを計画していました。
しかし、市役所の防犯本部が厳しく目を光らせていて、テロは不発に終わりました。
実は、以前、この防犯本部の下部組織に幕末憲兵隊という極秘の組織が存在していたのです。
怪しければその場で罰する、を座右の銘として取り締まりにあたり、まるで外交官特権のような権限が与えられていたのです。
まさにやりたい放題。
特に新婚の若妻に対しては、ほぼ100%の割合で因縁をつけ、隊事務所に何週間も軟禁して、隊員たちが何人もで押さえつけ、罪を認めてしまうまで、代わる代わる犯し続けたのです。
隊員の誰かもまるで分からぬ子供を身篭って、ボロボロにって自殺する事例が後を絶たたなくなり、哀れな夫や家族からの悲痛の訴えの嵐となりました。
そしてとうとう本土のジャーナリズムが県の責任を大きく叩き、国会が動き始めたのを受け、佐川県警が慌ただしく乗り出したのです。
幕末市と幕末憲兵隊にガサ入れし、悪の巣窟を根元から徹底的に叩き、一網打尽にしたのです。
時が経ち、ようやく幕末市も落ち着きを取り戻し、安らかな日々が訪れました。
今は凶悪な取り締まりは全く無くなりましたが、幕末市の暗黒の時代として、市民の胸に深く刻まれたのでした。
しかし、長年続いた傍若無人ぶりが市民に浸透してしまい、市役所の新防犯本部の人間と判ると、誰もが目を合わせず早足で逃げ去っていく構図が出来上がったのでした。
今や、小紋や絣、紬の着物の女が街中に溢れ、何時代なのか全くわからなくなってしまいそうですが、日本を代表する国際都市として、おもてなしの和の心を大切にしており、外国人受けが抜群だったりします。
さらに幕末市は、風情を極めた栗鳥栖公園を擁しており、外国人の海外旅行先として人気ナンバーワンになっています。
勿論、初めから着物を粋に着こなせる女性がいる訳ではないので、若手への着物文化の継承教育が急務となったのです。
市立幕末着物高、通称幕女の設立には、そんな背景がありました。
で、そこの卒業生に、久保素子がいたのです。
そうです。
後に、新設される伝統文化省の初代大臣となる、あの久保素子なのです。
(つづく)